<蘇生と覚醒/part.A> 青い空。白い鯨。…いや、勿論。鯨型の雲だの何だのではなく。「騎士団」のホエールキングの姿が此処に在る。 地上に降り立ったそれを管制塔代わりとして、周囲に拡がる荒涼たる大地をフィールドとして。 これからとあるテストが行われようとしていた。――具体的に言えば。 騎士団への採用を賭けた、二つの機体によるトライアル……寧ろ、対決。 「で。大丈夫なんだろうか」  「当然でしょ。甘く見ないで」 相変わらず可愛げの無い声だ、などと。そう考え苦笑してしまうルーツ。 二つの機体、その一方には疾うに搭乗者が乗り込んでいた。…彼にとっては相棒である、フィー。 「ゴーストエッジはまぁそりゃ、確かに…キミ専用に色々調整してあるけど。 けれど当然コバルトじゃぁ二人分だった操縦を一人でこなさないといけない訳だし。 っていうか、姉さん。僕の方の新しい機体がまだってのはつくづく申し訳ない訳で――」  「誰が姉さんか」一言で切って捨てられる。 「というか…それだけじゃないんだろ、問題って」 脇から割り込むような三人目の声、は…ブルーセイバーを駆るレイの物。今はルーツの傍らで、 ブリッジから外の空間へと目を向けている。 「あっちの機体…確かに凄いよ。正直物凄ぇ強敵だと思う」 普段ならはしゃぎだしそうな彼が、いっそ冷静なまでにその事実を噛み締めねばならない程に。 トライアル相手――その無人機の性能は常軌を逸していた。 金色に輝く6枚の翼、一舞毎にターゲットを打ち落としていく精密射撃、何より――その速度。 変形も何もなく人型のままであれ程の速度を発揮出来るのは…特別機にも少ないのではなかろうか。 あの機体のテストが終了次第、全く同じ内容をこなさねば…そしてより好成績を収めなければならない。 …当然それはプレッシャーとなって、ハンガーから眺めているフィーにもひしひしと伝わっている。 「大――」 「もう一回聞いたら後ではたくからね」  「って、お…おぅ」 思いっきり先手を打たれた形。思わずレイもルーツも頷く事しか出来なくなってしまう。 「私はね、もう絶対誰にも撒けるつもりなんて無いんだから。例え相手が何だろうが」 そう…青き剣。青き救世主。それを、手に出来なかったその瞬間から。   "彼"は生きていた。誰も気付かなかったらしいが…死んだ、肉体を失った筈のその"彼"は。   気が付けば自らが大空を飛んでいる。次々現れるモノを撃ち落としている…   だからなのだろう、"彼"が目覚める事が出来たのは。   何者かに与えられている新しい身体を確認してみた――悪くない。   威力。火力。何より、大空を自由に舞う事の出来るその翼が気に入った。   …ならば。ならばする事は決まっていた。まずは、目の前の―――― 「そろそろ宜しいでしょうか。続いての試験に入りたいと思います」 騎士団長として、当然トライアルを観覧しているラティスからの合図。それとほぼ同時に 「その機体」の砲口が閃いた。――――爆音。衝撃。 『!?』ホエールキングに伝わった衝撃に、思わずブリッジの総員が転倒しかけ周囲にしがみつく。 「きゃ、……ッ!?」指令席から転がり落ちかけたラティスを支え周囲へ叫ぶアラン。  「――どうした。今の攻撃…”アズラエル”からだな!?」 次の瞬間彼は殆ど一足跳びに、その無人機――アズラエルの開発者達へと詰め寄っている。 襟首を掴み上げられ悲鳴を上げる彼等を尻目に…そして二度目の砲撃と衝撃に耐えながら叫ぶレイ。 「フィー!?」決して出撃を促したという事ではない。寧ろ、それは制止の為の物だった。 …一度目の爆音の直後に。ゴーストエッジは既に発進サインを送ってきているのだから。 「今、ブリッジから貴方達が離れるのは難しいし…まして相手は空中、此処は私しか居ないでしょう?」 静かな、現状を分析する声音。けれども…それでもレイは知っている。 今まで何度も一緒に闘い、生死を共に潜り抜けていた「仲間」である故に。 こんな時の彼女は、冷静なようでいて…それでいて、内面が恐ろしく熱く燃えているのだと。 「――任せて。誰にだって……私の前は飛ばせない」 <蘇生と覚醒/part.A>→Next. <蘇生と覚醒/part.B> 音を。音を、音を、音を音を音を立てて。降り注ぐ豪雨は全てがヒカリで出来ていた。 「――――ッ!」急制動。急旋回。光撃に加えて襲いかかる強烈なG。 発鑑直後からゴーストエッジは殆ど上昇する事が出来ずに居た…頭上のアズラエル。 その胸がヒカリを放つ都度閃光が舞い落ちてくる、それを回避するだけでも精一杯……成程。 確かに剰りにも精密な射撃。この機動性が無ければ、一瞬で穴だらけのチーズのようになって居るだろう。 事実既に幾度もその光撃は機体を掠めて、細かなダメージが僅かずつ蓄積されつつある。 「でも」こ、く。自己確認を言葉に変え頷いてみる。「でも…それだけ、だわ」 少なくともそれ以上の驚異は覚えなかった。確かに無人機ならではの正確性は恐ろしい…だが、 如何に自立性こそ在れ全てはプログラミングされた物……つけいる隙はある。例えば。  交差する閃光。衝撃。 今の今までひたすら回避に徹していたゴーストエッジ。それが奇襲、 敢えて防御を捨て主翼のショックカノンを撃ち放つ…揺れた。確かにアズラエルにヒットしている。 予め態とパターンを確立させ、それを崩す。おざなりではあるが…一応の効果は在った、という事らしい。 尤も此方もコックピットを掠めていった砲撃のせいで、一瞬意識が彼方へ吹っ飛び掛けていたのだが。 「とは、いえッ…一度……」痛苦に耐え。歯噛みして。 足りない。一度で学習されてしまうだろうソレは、だが仕留めるに至っていない…遠いのだ。まだ。 機動性は…追いつけない、という物じゃない。随分と無理をすればだが。 ならば今の隙に一気に畳み掛けるべきなのだろう――ブーストを全開させた、刹那。 彼女は後悔を余儀なくされる。   「な……んだって!?じゃぁアンタ、知っててやったってのかよっ!」   アランの次はレイの番だった。ブリッジ内に響く彼の声。   『アズラエルには"竜"のコアが使用されている。』…アランでさえ驚きを余儀なくされた事実、だった。   確かに"竜"には高い知能を持つ物も居る。人と会話しあまつさえその智慧で凌駕する存在達も。   それを無人機の知能として用いるのならば…確かに。確かに、優れた物になるのかもしれないが。   「でも竜だ、竜なんだよっ!あんなの…それに力を与えたって事だろ、あんたッ!」   開発者達に食ってかかる彼を見つつ…ふと。ラティスが眉を潜めた事に。果たして誰が気付いたろうか。   …………確かに。"竜"は畏怖すべき驚異である。だが、それだけではない筈だ…   今の彼がこうも怒るのは「仲間の命が掛かっているから」もあるから、と思いたいが……   時々、彼女本来の幼い心は不安や恐れを感じてしまうのだ。……まるで。   あの『純白の処刑人』と呼ばれる男のように、と。 「っぁ……あああっ!?」迂闊、だった。人工で在れ知能は知能、それを甘く見ていたのか。 6枚の翼の一つを欠けさせたアズラエルは、直後一気に間合いを詰めてきていたのだ。 肩口にめり込んだ蹴足を感じた刹那、其処から放たれた砲火で肩部装甲が吹き飛ばされる。 至近距離で放たれた閃光が直撃し、片脚の膝から下が文字通り吹き飛んだ。 体勢を立て直すよりも先に。振り下ろされた鋭い爪が頸部を抉る。…火花。幾つも、幾つも。 「ぁ、く…ふ…ぅっ!」コックピットを揺らす激しい衝撃、力尽くで振り回されるような嘔吐感。 間近すぎる、死。今再び撃たれれば……終わる。この生命はかき消える。それは紛れもない恐怖。 だが――まだだ。それでもまだだ。こんな所で立ち止まる訳にはいかなかった。 闘わなければ。勝たなければ。ともすればそれは、死にたくないという願いより尚強く。 届かない背中を追いかけなければならないのだ。……あの。 年下の癖に生意気で我侭で無鉄砲で、けれどきっと誰より優しい… 傷つく事を厭わずに、誰かの為に戦い続ける彼を。文字通りの「Savior」を。 震える指先が操縦桿を握り直す、スイッチ、撃つ。零距離から相手の胸にバルカンを叩き込む。 小さな爆発を起こし仰け反ったアズラエルを蹴り放し――初めて。上を、取った。 相手は装甲なんて殆ど持たない剥き出しの機体…今なら、撃てば……  ”フィー!!” 「! レイ…っ!?」 その瞬間だった。警告音声よりも甲高い通信の声。 ”解ったんだ…其奴ッ!其奴は"竜"だ!身体だけヒトガタの、けど、それでもっ!” ――竜。嗚呼。と、何処かで納得をさせられ…けれども。 「了解、レイ――でも。でもそれなら、構わないわね?…徹底的に叩き潰して」 折からアズラエルも体勢を立て直す。一触即発、の……それは同時に翔け出す二機が潰した間隙。 ”あ、ぁ…けどっ!けどだから、其奴は――――” レイの声をかき消した音。不意にアズラエルの腕部が「伸びた」のだ。「貫手……ッ!?」 ブリッジのモニターに映し出されるのは。その爪が叩き込まれ、上半身と下半身に別たれたゴーストエッジ。 「っ、な……そん な――!?」 レイの声は文字通り悲鳴だった。一瞬の空白が…こんなにも重苦しい、と。誰もが声を失った…かに見えた、刹那。    『まだだ、よ!』 それは。ひたすら見守り続けていたルーツの声と。フィーの咆吼とが一致した物だった。 上半身だけのゴーストエッジが尚、突き進む。瞬時にその形状を変化させていく。……そして。 傷つけていたアズラエルの胸を抉り、"竜"のコアを貫いたのは。その上半身が変形した「機首」だった。 …………「つまり」 後になって動揺に気恥ずかしさを覚えたのか。少々頬を赤らめたレイ曰く。「元から、ああいうつもりだった?」 「えぇ。ゴーストも二体分離方式だったし…虚を突く、ならあれしかないとは思ってたもの」 照れているのだろう、なんて。そう思うと…やはり弟じみていると思ってしまう。 彼の様子に僅かばかり苦笑しつつ…頭を撫でようかと手を伸ばし掛けて、流石に彼の矜持の為留めておいた。 序でに…決して言葉にはしないが。少しばかり感謝もしていたからだろうか。 ――今の自分が。テストパイロットだとか社員だとかより何よりも、戦士だ、という風に思えているのは。 この少年のようになりたかったからなのだ、と。