「―――っ」 眼鏡を外し鼻っ柱の左右辺りを強く揉む――気休めにしかならないのだろうが、 それで「眼精疲労がマシになる」というプラシーボ効果を得られれば儲け物である。 「では……ラテ――」こほん、と。咳払いして。「騎士団長は見事初陣を飾られたようで」 アランからの通信を終え彼女…ユイランは大きな安堵の吐息をついた。 ラティス――年若い、いや幼いと言っても良い彼女に対して、良くない顔をする者は未だに多い。 これが鶴の一声となってそういう声を消す事が出来れば良いのだが、と。 そんな事を考えながら…ホエールキングの窓より眼下へと目を向ける。 真下に広がっているのは。深い森に半ば埋もれた金属のカタマリ――「遺跡」だった。 『ナインス』との闘いによって騎士団の一角が欠け、特別機の一機が失われた穴埋めを…… それが現在「Forth Of Queen」に課せられている任務であった。 故彼女等の家たる純白のホエールキングは各地の遺跡と其処に眠る遺産のサルベージを繰り返している。 「先人の遺産に頼らなければいけないというのは…無責任な話だけど」  「でも、それしか無いでしょう?――生きてるからには闘わなければいけないんでしょうから」 ブリッジに同席していた、幼さを残すクルーの台詞に。思わず小さく笑ってしまう。 「…それは、まぁ…ね。例え全てを利用し尽くさなければいけないとしても」    それでも。今此処に我々は生きているのだから。 同時刻。地上で発掘を行っている班の間に、ちょっとした議論が持ち上がっていた。 「だーかーらっ!これだって立派な遺産でしょぅ!きっとすんごい特別機なんですってば!」  「厳密に武装を見て言え。手持ち武器無し、腕部と爪先の刃のみが固定武装。オマケに…この小ささ。  資料としての価値はあるだろうが、正直戦力にはならないだろう?」 「ぅー……なんか格好良いって思うんですけどぉ」 珍妙な会話を繰り返す白衣の女性達…やたら女性ばかりなのだが、それはそれで仕方ない。 何せこの部隊、まるまる女性で構成されていたりするのだから。 …お陰でこの国に集った女性パイロット達は色々心配が減っただとか。 反面煽りを食って他の部隊の野郎共は女っ気の無さを天に嘆く事になっているとか…そこら辺な別の話。 「ともかく。この遺跡は旧国家の研究施設だったと見て間違いなし。もっとしっかりした軍事設備だったら良かったんだろうが」 咥え煙草を揺らしつつ断言する上司に、助手の方はファイルを抱えたままで盛大に溜息をつく。  「じゃぁじゃぁ。今回はこれといった成功無しですか?」 「まだ此処で一つ目だろ?この世界に後どんだけ遺跡が眠ってると思ってる」 上司が手を打ち、周囲の作業員達に合図を送る。 ……結局この遺跡ではたった一機のHmBLOXしか発見出来なかった。取り敢えずそれを回収し撤収の準備に入るべき、と。 ――――その際響いたのは嫌に大きな音だったが。 「きょ、教授ーっ!?何ですかそれ四十八音ですかスタンディングオベーションですか!? 手伝ってくれるのは良いけど但し真っ二つとかそんなんですかあぁっ!?」  「ワケの解らん事ぬかすなっ!あたしをんな人外扱いするなっ!!――――爆発だろ」 「!?」 ――世界中に散らばり各地で暴虐の限りを尽くす『竜』。 それが何時何処に現れても…おかしくはない。そう、今この場にでさえも。 「…邪魔が入ったとはこの事ですね。仕方在りません…」 襲撃が知らされて。その数分後には既に。ホエールキングの巨大な顎が開かれようとしていた。 出撃せんとする機体達の戦陣に立つ――真紅の女騎士。 そのコックピットに中に在るのはこの部隊の長であるユイラン。 「各自『竜』ネストを殲滅なさい。――Forth Of Queen, Take Off!」 →Next. 刃を振るう。突っ込んでくる下級の"竜"は次の瞬間真っ二つになり、背後で盛大な爆発を起こし霧散した。 「これで――何匹!?」数えるのもイチイチ面倒、という所…元より調査を目的としての派遣だったのだから、 此方の戦力は圧倒的に不足している……大規模なネストの前に部隊は数、という不利を見せつけられていた。 刹那の間に額の汗を拭い、再度「ブレイズ・クイーン」を構え尚させるユイラン。 ――…一瞬、押し迫る"竜"達が左右に割れた。 「……?」 疑問を差し挟むより尚早く。それが、ますます危険な状態の前兆だったのだと理解させられる。 傅くように動きを止めたソルジャー達の海を割り……現れたそれ、は。「コマンダー」。 …思わず。喘ぐように口にしてしまう。 「剛竜………っ」 「ですから、先輩〜これも持って行くんですってばっ」 「はぁ?そんな遣えないモンほっとけ!」 騎士団がネストを食い止めている間に。調査団の面々は「遺跡」からの待避に移っている。 自爆攻撃を敢行する瞬竜の爆発や棘山竜のミサイルによる震動が遺跡を揺らす… その都度つんのめるようになりながらも。助手の言葉を言下に切って捨てた白衣の女性。 「これ」。そう称された、のは…遺跡で見つかった珍妙な兵器だった。 BLOX。しかしそれは酷く旧式で。ヒトガタをすらしておらず。まして…コックピットが存在していなかった。 一刻も早く待避せねばならない以上…それを"竜"が食らい、強化される可能性も有ったが… それでも。とっとと逃げ出す方が先決だと。その場の大抵の人間が考えていた。…助手を除いて。 「きっとあのHmBLOXに関係してると思うんですよ、コレ。二つで一つ、二人は何とか、みたいな。 技の一号力の二号、二人合わせてぶいすりゃーっとか」 「…お前の訳わからん例え話は聞き飽きた。っていうか、その根拠は何だ」 ………大凡三秒程間を置いて。助手が自信満々で答えた、それは。  「色がお揃いですっ!!!」    時間停止。たっぷり5秒か10秒そこら。気のせいか、外部からの爆音すらその瞬間だけは遠かった。 「――よし。此奴も置いていくぞ」 「先輩いいぃっ!?」 そりゃぁもう情け容赦なく誰もが彼女に背を向けた瞬間だった。爆音が一際盛大に響き遺跡の壁に穴が開く。 突き出された竜の顔。下級ソルジャーのようではあった、が…生身の調査団なぞ。数秒で殺される。 誰もが混乱に陥ろうとした、刹那……舌打ちをした彼女だけが再度、Uターンに移っていた。 「って先輩私を助けに!?あぁっ駄目ですよ私達女同士なんですから……」 「だあああっ!お前は黙れ!!」 助手を微妙にかわしつつ。彼女、が飛びついたのは――「役立たず」の筈のそのHmBLOX。 「先輩、何を……て、まさかっ!?」  「あぁ…そのまさかだよ、しゃーないだろ」 火を消した咥え煙草を吐き捨てて。コックピットへと躍り込む。 「お前達はとっとと下がれ――ソルジャークラスの一匹くらいなら、あたしでも何とか止められるだろ」 「っく、は……っ!!?」 期待を揺らす激しい衝撃。「剛竜」の拳を受けたサーミックアローがへし折れ宙に舞う。 …特別機ではあるが指揮や分析などを得意としているブレイズ・クイーンに取って、 この凶暴性と強力とで知られるコマンダーは最も相性の悪い相手と言えた。 連射する小型火器ではその重装甲を打ち破れず、拳は掠めただけでもごっそりと此方の装甲を削り取る。 「せめて。せめて――全員が撤退出来るまでの間……っ」 ユイランの視界が霞む。額から滴り落ちてきた脂汗のせいらしい…拭う間、が与えられない。 部下達は他の竜と戦い続けている。調査団の撤退は今だ完了していない。 コマンダー……この相手だけは。なんとしても、自分が引きつけておかなくてはならないのだ。 「でも――」考えてしまう。此処にラティスがアランが、エグゼムスが居れば。 …………「彼」が。「Jack」の彼が今も尚居てくれたのなら――――「!?」 操縦桿から、力の入らなくなりつつあった指先が滑る。機体の動きが一瞬乱れる。 間髪入れずに引き絞られた「剛竜」の拳。一撃必殺のそれが今、正に放たれ――――    轟音。爆発。   ” !? ” 一瞬誰もが動きを止めた。剛竜でさえも。それは……「ソレ」は遺跡から現れたのだ。 サファイアの如く煌めく碧に全身を包み――獅子を抱いたその、「騎士」は。 →NEXT.