【第2話・noble slapstick】 「星」々は目覚めた、「皇帝」は蘇った     竜は幾度と押し寄せる、騎士はその度斬り刻む     際限の無い綱の引き合い     その先頭に立つのは「吊るされた男」 それは夕暮れ時、燃え上がる地平線に向かい黄昏色に染められる白銀の巨人。 彼の背中から伸びる影はただ縦に長く長く伸び無機めいた闇を沈ませている。 先ほどニダヴェリールに向かって進撃した竜を一閃の後に葬り、勝利しその全身に焼け焦げた仄暗い煤を纏い彼は待っていた。 彼が助けた少年は既に何処かへと飛び去りそこに佇むのはもはや戦いを終えた一人の騎士を残すのみだった。 日が沈みいくのを彼は、正確には操縦者である少女は物思いに沈んでいた。 傾く天秤、不釣合いな対象を比べ、選別し、必要であればそれを間引く、その行為が正義という言葉によって霞のようにぼかし、眩んだ意味を思い起こさせる。 彼女の行いは正しかった。 それは恐らく誰もが認めることだろう、しかし彼女は禁を犯しその力を行使した。 リスクを承知で、幾千よりも幾万、一つより全てを救うため。 大きく手を広げて彼らを救うとしたら必ずといって良いほどそれは零れてしまう、それはほんの手の平ので掬った水のように、ほんの一雫のように。 それでも少女は黄昏行く空を見届けながら思うのだ、零れた水は戻らない、だからこそなお更にその手を広げしっかりと支えなければ、机上にしか存在しない天秤、 絵に描いた量り等に騙されたりはしない。 そこに救いを求める手が在るのならしっかりと握り返さなければ、風に揺らめく蝋燭があるのなら全身で風を受け止める。 ―――皆を守る、守りたい。もう誰にも悲しい思いをさせはしない――― 彼女は沈む夕日を見つめながら改めて自分が与えられた力と使命に誓うのだった。 オレンジ色に染められて白銀の騎士、その伸びる巨大な影に覆いかぶさるそれより巨大な影、上空よりその巨人よりさらに大きな鯨が重力を感じさせることも無く、 浮かんでいた。 <Force Of King>の所有する弩級空中空母艦ホエールキングだ。 鯨の形をした空母はシルバリオンと同じく夕日の色を纏っている。 上空からゆっくりと降りてくる巨大な鯨、その姿が地平線に沈んでいく夕日を遮りシルバリオンの正面 に。巨大な口を重たげに放つ。 開け放った奥は暗く、闇を孕み王の帰還を待っていた。 暗かった口の奥が赤い光、直線に伸びた光を浮かび現せ導べと成し王を迎える。 鯨の口蓋その奥底を見据え、王は一速を持って駆け出し、赤い光に導かれ奥を目指す。 王の帰還。  ホエールキングはシルバリオンを回収すると、再び高度を上げ黄昏に染まる空を超え自らの住処へと飛び立つ。  ゆっくりとそして徐々に高度を上げ空を進んでいく。       ―――――――――――――――――――――――――――  『お疲れ様です姫様。素晴らしい活躍でしたね!皆さんお待ちかねですよ!』  通信機器越しに労いの言葉を送るオペレーターのニーナ。  「…えぇ、ありがとうニーナ…」  途切れそうなか細い声で答えるラティス。  その間にも直実にシルバリオンは格納庫へと移送されていく。専用のリフトに載せられて。  身に纏う甲冑には全く傷つくことなく多少の灰塵で薄く汚れてはいたが、出撃したときと変わらぬ佇まいで聳えていた。  帰還した騎士を迎えるように、スタッフの多くはその雄姿を一目見んと初陣を祝福し、王女の無事を祝い盛大な拍手と大音響の喝采で王の凱旋を称えた。  彼女は少し、はにかみながらもそれに応えようとした。  けれど腕が棒のように重く力が入らない。  そこで少女の意識は途切れた。               ◆    ホエールキング格納庫内、シルバリオンのハッチの前でアランは通信機を手にラティスに何度か呼びかけていた。   しばらく呼び続けているのだが、反応が無い。  『…ラティス』  『ラティス、大丈夫か?』  『おいラティス!』     そして何度目かの問いかけに彼女はくぐもった声で応えた。  『…んんっ なぁに? アラン?』  返事があっただけでとりあえず安心した。無事は無事なのだろう。しかしずいぶん間の伸びた声だとアランは思った。  『あっシルヴァ、ハッチを開けて』     直後ゆっくりと刃が折り重なった様な重厚なハッチが開放される。   格納庫の照明がコックピット内部を照らし暗部を露わにする、その薄く照らした少女の姿が現れた。少女は十字架に拘束されながら少し恥ずかしそうに頬を赤らめた。       「どうやらお昼寝の邪魔をしたらしいな」    通信機を放し肉声で問いかけた。  「うん、そうみたい。少し疲れちゃったから…我慢してたんだけど、ちょっと気を抜いたら……帰ってきた途端安心しちゃって。」   と白い頬を真っ赤に染めて応えた。恥ずかしいと思っているらしかった。  「まぁなんだ、ベッドの用意はしてあるから直ぐにでも部屋に戻って休むといい。と、それよりも」      「体の調子は大丈夫なのか?」  「うん、大丈夫。思ったより疲れてないみたい」  「そうじゃなくてだな、どこか痛むだとか胸が苦しいだとか、あるだろそういうのが」  「ううん大丈夫だよ、本当にただ疲れただけなんだから。」   拘束していた十字架を外しゆっくりと地面に足を下ろす。   その下ろした足が宙をすべり、体勢が崩れる、倒れるとラティスが思ったとき。   辛うじて転ぶことはなかった。   アランがラティスの小さな腰をしっかりと掴んでいたから。  「無理をするな…どう見てもくたくただろう。俺が部屋までは連れてってやる」   そういってアランはゆっくりとラティスをコックピットの中から連れ出した。   そしてラティスに対し背を向け腰を屈めて誘った。  「ほら、乗れ」       「そんな、そこまで子供じゃないもん」  「いいから乗れ。お疲れの姫様をこれ以上酷使するなど、騎士としての面目が立たん」    「……む〜」   しかし少女は抗議の言葉を伝えることが出来なかった、アランの言う通り疲れきってしまって、たぶん歩くこともままならぬのだろう。 だったらアランの背に体を預けることがどんなに楽なことだろうか。言葉にならない抗議をぶつけることしか出来なくて少しやるせない。  「…じゃあ、仕方ないわね。騎士様?私をお部屋までお連れ下さいまし」   盛大な虚勢を張ってラティスは背に負ぶる事になった。     「はい姫様。仰せのままに」   ラティスの体重がアランの背に乗りかかる。ラティスの年齢の平均体重を彼は知らないがそれでも彼女の体重は軽く感じた。 まるで猫か何かを背負っているような、そんな軽さだった。   世界の命運を握る少女、その体重はとても軽すぎて。   「…すこし重いかもだけど…」   背にしているラティスの表情はうかがい知ることは出来ない。しかしたぶんまた顔を赤くしているのだろう、いろいろと忙しい姫様だと思った。   小さな姫様を背に乗せ立ち上がろうとしたとき、もう背中の方から寝息が聞こえてきた。   よほど疲れていたのだろう。今日はゆっくり休ませてやろう。   そう思いながらこの小さな騎士王の姫を背負い格納庫を後にした。   部屋に着いたときラティスは完全に寝入ってしまっていた。   ぐっすり、という言葉がとても似合うと思う。   アランは起こさぬようにと静かな動作でラティスをベッドに横たえ、布団を被せてやる。   安らかな寝息だけが聞こえ心地よい静寂を支配していた。      照明の点いていない部屋。寝顔を眺めながら、考える。   少女に背負わされた運命、握らされた剣の意味を。  「…代わってやることは出来ないが…」  その先は言葉に出来なかった。でも少しだけ、彼女が笑った気がした。  そして彼は部屋を後にする。                    ◆       ◆       ◆      青空、白く輝く蒼穹を駆けくじらは泳いでいく、果てしない空、無限にも思える空間を体一つで悠々と泳ぎいく。  細く千切れた雲をひれに引っ掛け、それが直線状に軌跡を描く。  まるで遊ぶかのように楽しむかのように悠然と風に任せ空を進む。  大空を行くものは他に無く、大きな雲の塊がいくつか浮かんでいるだけ。  Forth Of King所有の鯨を模した弩級空中母艦ホエールキング。  その前に障害は無く、ただ巨大な空間を飛び越え次の戦地へと騎士たちを送り届ける。    普段、ブリッジには数人のオペレーター達が居るのみで、"竜"を発見次第ラティスかアランに指示を仰ぐことになっている。  標的の規模によっては艦砲射撃のみで殲滅。それが困難な場合のみ、騎士達に招集がかけられ作戦会議が開かれる。    今まさに、その作戦会議が行われようとしていた。  アランにより、先ほども狙撃手を担当したショウ、歴戦の傭兵コンビであるシュビッツとラール、真面目が取り得のジェイムズら4人が召集された。  ラティスは彼女を気遣ったアランの指示で仕方なく自室で休息中の為不在である。  「姫はどうしたんだい?」  「だよなぁ。男ばっかりで華が無ぇなぁ」   ショウとシュビッツ軽口が冴え渡る。  「ラティスは休ませた。疲れているようだったのでな」  「…それに。俺も出るからな、お前らを残しておいたら危険だろう」  彼の表情から冗談と解るが。まったくもって人を馬鹿にした笑顔だった。  「ジェイムズ、お前はいつも通りコイツらをまとめてくれ。」  「またですかぁー」 「頼むぜ、班長っ」 ジェイムズの肩をたたきながらショウが笑う。  「さて、そろそろ本題に入ろう」  手にした資料に目を通しながらアランが説明を始める。  「攻撃目標は爪竜、狂豪竜を中心とした通常ネスト、数は57」  「本来なら艦砲射撃で対応可能な規模だが、生憎、晶竜が一体混ざっている」  「…それって何がマズイんだっけ??」 作戦内容を伝え終わる前にショウが質問する。  「まったくお前は…。 晶竜はその特殊な体組織でビーム、レーザー等の兵器を反射してくる、その為ホエールキングの荷電粒子砲を使用するのは危険だ。 少しは勉強しておけ」  「なるほどなるほど…で、狂豪竜ってソルジャー?」  「……お前と言う奴は…。ウォーリアだ」  「勉強になりました、先生」  返事だけはしっかりしている。おそらくまた聞かれるのだろうと思うと溜息ものだ。  「実弾兵器を使用、それ以外は任せる   出撃次第、各個撃破だ。晶竜を撃破次第、艦砲射撃に移行する…と言うのがセオリーだが、どうする?」 「俺達にそれを聞くのかい、旦那?」  シュビッツの答えに、そう言うだろうと思ったとばかりに頷くアラン。 「それにしても晶竜とは…久しぶりに聞く名前だな。奴の素材は結構高く売れるんだよな」 「だったな。しばらく遊んで暮らせたんだぜ!これが騎士団の仕事じゃなかったらなぁ…」 シュビッツとラールは昔の事を思い出す。騎士団の任務である為勝手に売りさばく事が出来ないのを残念がった。 (なぁ、おっさん達!こっそり持って帰っちゃおうぜ!) (…ショウさん、後ろ後ろ) 元傭兵たちの会話にショウも小声で加わるが、ジェイムズに言われて気付いては遅かった。 「聞き分けの無い子にはお仕置きなんだがな…」 何時の間にかショウの首にはアランの手刀が突きつけられていた。 「先生御免なさい!!!」 即答だった。  「では確認する。敵総数57。艦砲射撃はリクエスト通り無しで行く。各個撃破だ」  「10分後、自機に搭乗してデッキに集合、以上だ」 言うなり、ブリッジを後にするアラン。付き合ってられんといった感じだ。    しばしの静寂、そして待ってましたとばかりにショウ。  「爪竜1。狂豪竜はウォーリアだから5。うーん…そうだな、晶竜は10ってところか」     「えっと、何ですか?…敵の数ならさっき聞きましたけど…? それに全然違いますよ?」   訝しがるジェイムズ。  「これだからジェイムズさんは…」  「点数に決まってんだろ、なぁ?」  「そうともさ!負けた奴今夜おごり、だろ!!」  「…負ける気は無ぇが、ビリが全額持ちはやめないか?流石にキツイ」  「それじゃ、ビリの奴が1位の奴におごるって事で」  「決定〜」  「また賭けですかぁ!?僕はもう嫌ですよ!!」 どうやら彼の過去には賭けにまつわる何かあったらしい。  「何にする?俺は酒が飲めれば何処でもいいぜ」  「俺はパスタが…」  ジェイムズの訴えを後ろに、皆は夕食の相談をしながら格納庫へと向かおうとしていた。  「やっぱり聞いてないし…」  拒否権は無く、結局参加するジェイムズであった。                 ◆  格納庫の中では整備士達が出撃前の準備に駆け回っていた。  その中にはアランの姿があった。  自らの乗機ブラックナイトを目指して。  出撃準備は全て整い後はパイロットが乗るのを待つのみだった。  開け放たれたハッチに身をくぐらせ、計器のチェックを済ます。  異常はなかった。  整備士と一言二言会話を交わし発信準備が整ったことを告げる。     アランはコックピットのシートに深くもたれ掛かり、ため息をついた。  ハッチを閉める。外界の騒音から隔絶され静寂に身を任せる。  暗く、黒く染められていく視界。  数秒の暗闇の中、うっすらとメインモニターに光が宿る。薄暗い緑色の光。  そのモニターが点灯した後、アランの目が暗闇に慣れるのを待たず、彼の周囲に景色が映し出される。格納庫の映像。  このコックピットに座るのも何度目だろうか?  前線に投入され、アラン専用の機体になってから既に1年近く過ぎている。  思えばあの忌々しい日から。  元Forth of Jack旗機「クォーツジャック」と9大魔竜の一柱「ウラネス」が刺し違えた事件。  それからだ、アランがこのブラックナイトを専用機として駆るようになったのは。  この機体を見ることで思い出す者も少なくないだろう。あえて彼は黒い騎士を駆る。忘れない為にも。  この操縦桿も当時は錆付いたように動かし辛かったのに、今では手の平に吸い付くようにすんなりと動いてくれる。  自分がこの機体に慣れたこともあるのだが、整備士達のお陰だろうと思った。                 ◆  鯨型母艦でいう顎部、口内に設けられた射出台。既に口は開いており向こう側には見渡す限りの青空を映していた。   うっすらと陰りが見える。   発進口から見える光景。   部隊出撃のためやや高度を落としながらも前方のネストを的確に狙う。  既にブラックナイト以外の機体はハッチの前に整列していた。  シュビッツ、ラールが駆るクロムナイト、ショウのドレスガンナーとジェイムズのポーンチェイサー。  重々しく、悠然と並ぶ騎士達。  賭けを楽しむ余裕の裏に、確かな使命感と気魄が感じられる瞳をしている。    そこにブラックナイトを乗せたリフトが発進口に向け移動してくる。 リフトが停止するのを待たず、皆の元へ駆け出す。  「待たせたな」  「勝負は直ぐにつける、整備士達に休暇をやるくらいの気持ちでな。…行くぞ!!」  声を張り上げ、士気の向上を促す。アランの声に応えるように、ドレスガンナーが跳ぶ。  目標は真下だ。 「待ってました!お先に!」   その様子を眺めてシュビッツは呟く。  「若いって言うのはいいねぇ。威勢が良くて」  「老兵も捨てたモンじゃねぇだろ? 後輩共に色々教えるのは楽しいからな」  「反面教師って言葉もありますけど」  ラールの言葉にジェイムズは苦笑した。  2騎とクロムナイトとポーンは群の正面からぶつかる。  そして黒騎士は群の中央へと跳ぶ。         ◆        ◆       ◆  まず地上に降りたのはドレスガンナーだった、ショウは狙撃を得意としており、そのため他の騎士たちとは行動を異としていた。  今回も例に漏れず絶好のポジションを取るために奔り出した。  クロムナイト2体も着地と同時に奔りだす、竜の群れの中心を目指して。  巨大な斧を振り回しながら全速力で駆け抜ける右へ左へ、切り伏せて。  面白いように切り伏せていく、重いはずの斧も軽々と振り回して。  叩き、斬り、押し倒し、その度に重々しい装甲が軋む音がする、しかしそれをも歓喜とするように二人の老兵は笑っていた。      紅い竜、ウォーリアークラスの狂豪竜を間に挟み、2騎のクロムナイトが巨大な斧を勢いよく振りかざす。  2騎の太い足がしっかりと大地を踏みしめ腰を落とし、重心を低く構え。  一拍の間怒声とともに、感覚を共有するかのように2騎が同時に斬り払う。  狂豪竜の首を大きく抉るが、その程度で倒せる大きさではない。  傷を物ともせずに繰り出す巨大な尾の一撃が周りの爪竜もろともクロムナイト達を弾き飛ばす。  「流石、図体がでかいだけの事はある!」  「だが、そう何度も耐えられるかな!来たぞラール、合わせろ!!」  狂豪竜の猛烈な突進を受け流しながら、先と同じ場所に一撃を加えるシュビッツ。  ラールは敵がよろめいた隙を逃さない。  「あいよォッ!!」  その叫びをかき消す断末魔、吹き飛んだのは紅い竜の首。  力なく倒れ、爆散する狂豪竜。  「一丁上がり、いいパスだブラザー!」  「当たり前だぜ相棒!さぁて、次はどいつだ?」  意気揚々とシュッビッツは笑う。  「後ろみたいだぜ!!」  ラールが叫ぶと同時、シュビッツは先ほどの薙いだ姿勢から再び後ろに旋回する。  斧の片側、刃のついていない側で再び後部目掛けて薙ぎ払う。  巨大な質量を伴った金属がぶつかる音がした。  後ろから襲い掛かろうとしていた爪竜、しかし轟音とともにその姿は歪な顔を露にしていた。  斧を棍棒の様に勢い良く打ちつけられたため頭部はヘシャげ、顎は頭部の根元からぶら下がっていた。  機械類や涎のように体液を垂らしながら。  竜は耳に突き刺さるような金切声を上げ、咄嗟にうずくまり、うめいていた。  それも一瞬。  クロムナイトと目が合うと、竜はすぐさま方向を転換、身を翻し逃げようと背を向けたところで……。  『■■◆――』  装甲金属が割れる音。  斧は深々と竜の背に刺さっていた。  いや刺さっていたというのはおかしい。  それは竜の硬い装甲を叩き割り、刃は大地まで達して貫いていた。          「なんだまたお前さんか!もううんざりだぜ?」  「…っても見渡す限りおんなじ顔なんだけどよぉ…」   ラールが倒した爪竜に向かって文句を垂れながらも次の爪竜に斧を振り下ろしていた。      また後方では苦労人ジェイムズが戦っていた。   両手で銃剣を携え、構え、振り下ろし、撃ち、薙ぎ払いながら。      全部他のメンバーが無視した爪竜の群だ。……掃除は彼の得意分野である。いつものことだ。     ◆      ◆       ◆                黒い騎士が疾風となる。    高い、高い空の上から黒が落ちてくる。    風と空気を貫いて閃光のようにほとばしる。      徐々に景色が空の青から大地の色に移り変わる。    体を剣のように伸ばし頭から空気を切り裂く。       黒い騎士は黒い剣を振りかざし。    空気抵抗で大きな剣が更に重く感じられるが、気にも留めない。        轟音と同時にブラックナイトが舞い降りる。大地を割り、砂塵を舞い上げ。    それはさながら黒い雷槌(いかづち)だった。    雷鳴の瞬間、疾風の刃が周囲の竜達を引き裂き、原型を留めないほどバラバラに解体した。    その亡骸と血の雨の中、一喜するまも、一息するまもなくすぐさま側にいた竜に斬りかかる。    全身に多くの角のような爪を纏った竜、ブラックナイトと大差ないほどの大きさを持つそれをも、体に纏った爪の隙間を見つけ合間から綺麗に切り落とす。    切り伏せた竜を見ることもなく即座に次の竜を斬り倒す。    一匹斬り伏せすかさず一匹、斬っては次、斬っては次を…。              ◆       ◆        ◆   混沌とした戦場のを見渡す丘の上、長砲を携えた青い影が。   ショウの駆るドレスガンナーだった。     ドレスガンナーはの武装は特別機のものだ、それも狙撃に特化した機体である。更にショウもスナイパーとしては一流の腕を持っている。   この賭けに勝つ為に、今彼が狙うのはただ一体。全身に硝子で纏ったような透明な装甲を持つ竜。   弾薬の数が限られている為、最初から高得点狙い。既に狂豪竜を複数仕留め、ある程度得点は稼いでいる。   地面に伏したままライフルを構えるが、照準はめちゃくちゃだ、竜との間に遮蔽物が多い。   巧く狙えない。   それだけならまだいい、ゆっくり落ち着いて狙えばいいだけなのだから。   だがその間に仲間が点数を稼いでいる。   こちらも集中しなければ。     引き金に指をかける。   長い時間ではなかったが、その沈黙が狙いを定めるというミスは許されない動作を長く感じさせた。   もう一度標準をあわす。     ロック・オン。晶竜の脳天を狙い……発射。   (10点…いただきッ!)   『◆◆◆ 』   狙いは正確だった、正確で確実に撃ち抜く筈だった。   …が。   着弾する寸前、突然弾道が逸れた。何物かに遮られて…。  「残念だったな、1点だ。」  黒騎士の刃によって弾かれた弾は脇の爪竜を貫いた。確実で正確な1点だった。  「うそぉ!?」  さっきまで視界にすら入っていなかったブラックナイト。弾丸を追い抜いてきたとでも言うのだろうか。  …有り得ない話ではない。  と言っている間にも晶竜は黒騎士の手によって無残にも3枚におろされていた。  「…確か10点だったな、ショウ?」  モニターを見なくともショウにはわかった。彼は嗤っていた。  「……そこまでしますか、アランさん…って言うか、ちゃっかり参加してたんですね…」                ◆  作戦終了後、ブリーフィングルームにて。  「…そんで、結局1位は誰なんだい?」  「そりゃぁ…お前。いつの間にやら参加して下さっていた…そこの旦那だろ?」  とても不満そうに、満足げなアランを見るラールとシュビッツ。  実際、アランは晶竜を倒していなかったとしても1位を狙えるだけの数を仕留めていた。  「そうだ!ちゃんと参加受付は済ませたのか!」  例によって突拍子も無いことを言い出すショウ。無論、口から出任せなので…  「なに、受付があったのか?それは惜しいことを…」  「そ、そうそう!!いやぁー残念だっつ」  「いえ、受付などしてませんが」  …出任せなのでニーナに一蹴されてしまった。  「ヒドイヨ、受付のお姉さん…」  「…でもほら、それでも俺って2番じゃん?デザートくらい、付くよねぇ?」  落ち込む姿から一転、2位でもと大きく出る。  「何言ってんだショウ、2位は"俺達"だぞ」  「…は?どっちが??」  「だから"俺達"だって言ってるだろ。このラール様とシュビッツ様は一心同体だからな…!!」     「…そんな無茶苦茶な……」  無理だった。この二人に逆らうとどうなるかわかったものではない。  がっしりと肩を組み、鼻息を荒げるラールとシュビッツ。  「はぁ…このショウ様が3位とはねぇ…」  「…やっぱり、僕がおごりなんでしょうか…?」  がっくりと肩を落とし、溜息をつくショウとジェイムズ。     「いえ、そうとも限りませんよ」  ニーナの意外な一言に目を白黒させる2人。  「ジェイムズさんとショウ君は同点です」  モニターを指差しながら説明するニーナ。  「むしろ撃墜数はジェイムズさんが2位です。皆さんが取りこぼした爪竜をひとりで黙々と倒していらっしゃったので…」  「高得点狙いでサボったのが悪かったか…。仕方ない、割り勘だなジェイムズ」  ジェイムズの肩をたたきながら、一方的に悲しみを分かち合おうとするショウ。ジェイムズにしてみれば何だかなー、と言う感じだ。  「いや、待てよ」  ここに来て、傍観を決め込んでいたアランが動いた。  「最後の1点だが…」  ショウの顔色がみるみる青くなっていくのが見て取れた。  「あれは俺がやったことになるんじゃないのか?」   "最後の1点"とはアランがドレスガンナーの砲弾を弾いて爪竜に当てたアレである。   それはつまり…   「いやぁー!残念だったなショウ!!」   「助かりましたよ、有難うございますショウさん!」   老兵2人組に肩をたたかれ、ジェイムズには感謝までされてしまった。   もはやショウは言葉も出ない。   「…あら、何だかとても賑やかですね」   不意に、ラティスがブリーフィングルームに入ってきた。   「何だラティス、もう大丈夫なのか?」   「えぇ、もうすっかり」   「本当か?なら良いんだが…」   微妙に納得していないアランを尻目に、ラティスが皆に労いの言葉を贈る。   「皆さん、立て続けの任務ご苦労様。…ショウさん?どうかしました?」   「い、いえ!なんでもありません騎士団長殿!」   「そうですか?それなら良いのですが…」   「…そ、そんな事よりも!騎士団長殿こそ、本当にお疲れ様でした!!」   「姫様、ニダヴェリールのみならず、民間の戦闘機もお助けになられたそうで」   「あの状況で一人の死傷者も出さないとは。全く見事です」   先刻までの態度が嘘の様に紳士的な老兵コンビ。   「あれは貴方達が来てくれたから何とかなったようなものです。感謝していますよ。    …そうだ!この後皆さんも一緒にお食事に行きませんか?」    ひらめいた、とばかりにぽんと手をたたき、にこやかに提案するラティス。   「丁度良かった、ラティス。今その話をしていた所なんだ。……なぁ?ショウ」   「…………へ?」   【第2話・完】