第一話[Side→S]           新Zi暦999年8月18日     この日を境に微妙な均衡を保っていた世界は大きく崩れた。         太古の存在、幻想の産物、怪物の頂      神話の片鱗に名を残し、誰しもがその名を知り、   誰しもが同じモノを思い描く事ができるほど、皆の記憶に刷り込まれた存在。     それは幼い頃聞かされたおとぎ話の断片であったり。      あるいは卓上遊戯の最強の役としてその名を知る。            竜という存在。          神話に記されし記憶を辿る                その丸太のような腕、木々を薙ぎ払い          その鎌のような爪、鋼を切り裂き          その氷柱のような牙、岩を砕き          その戦斧のような翼、青空を破り                  そして          その灼熱の業火、人無き都を造る                   後にファーストドラゴンと呼ばれる竜の出現によりその街は滅ぶ。    ある国の言葉で「楽園」と名づけられた巨大な都市。    「ハライソ」は一夜のうちに正反対の地獄へと墜ちた。    この未曾有の災厄は多くの人々に身に余る程の恐怖を刷り込んだ。    またこの事態が起因してか、王国各地に正体不明の無人機による被害が多発している。    既に数十種類が確認されており、個体数も数千とも数万とも推定されている。    ファーストドラゴンとの関連性が指摘されており、このファーストドラゴン、頻発している正体不明機を統合し『竜』    というカテゴリに分類する。                 事態を重く見た王国首脳陣は急遽、王国陸軍機兵団1番隊を解体、同時に王立対”竜”特別遊撃部隊『白銀騎士団』に再編成。     各々の部隊の旗艦をホエールキング、指揮官機を王国にて発掘された特別機を配するなど、惜しみない兵力と     惜しみない技術が導入された。     またこの場での特別機の解釈であるが、古代遺跡などから発掘された超兵器、大半が人の形を模しているもの。     解析不能の技術が使用されており、現在の技術を持ってしても解明されてはおらず。     紛れもなく一騎当千、1機投入するだけで戦局を大きく変えてしまうといわれている。     いや例え一騎であろうとも小国を相手にする事など容易い。     それほどまでに現代のゾイド、殆どが基礎的なBloxであり、人型も一部の作業用のみ。     多くは戦闘用ですらない、それらとは比較にならないのである。          王国はが保管していた特別機は5体。一機でも失えば代わりは無く、リスクを承知の上で     この特別機を実戦に投入する事を決定したのだった。ただ一騎を除いて…。                          そして人々は         平和な楽園を夢見て               再びツルギを取った                                    楽園の輪転から2年後....。      白銀騎士団はその任務、主に竜の早期発見・殲滅を目的をしていることから、王国軍などと合流せず4つの部隊が独立して      任務を遂行する事が多い。      「King」「Queen」「Ace」「Jack」と4つの部隊の名を冠した特別製ホエールキングを拠点に活動している。   特筆するべきは「King」部隊は白銀騎士団の旗艦となっている、そしてその艦長即ち白銀騎士団の団長であるが、   王国王位第一継承者『ラティス・A・ヴァーンヒュゲル』王女である。    その国の王族が部隊の指揮官というのは特に珍しい事象でもなく、歴史の記述がそれを証言している。    しかし指揮官が女性、それも年端も行かない少女が指揮官という役に就くなど、誰もが驚くべき事なのだ。   ”竜”出現当時彼女はまだ9歳の童女だった。まだ容姿も仕草も何もかも幼すぎてとても団長はおろか、   王女としての身の振る舞いもぎこちないほどだったのに。彼女は選ばれてしまった。  「5番目の特別機」「白銀の騎士王」の名を持つ最強の機体の操者、即ち後の騎士団長として。   そして彼女は2年にわたる訓練の末、相応の実力と団長としての振る舞いを身に付ける。   最高のメンバーによる教育が行われたが、事実彼女は天才と呼べる素質があった。   こうして今、白銀騎士団の長は11歳の少女が勤めている。   一般の国民はラティス王女と白銀騎士団の関わりどころか白銀騎士団の団長が誰である事すら知らないだろう。                   青く澄み渡った風の海、雲を追い越しそれでも優雅に泳ぎ続ける 白い鯨。  『白銀騎士団』所属、ホエールキング『KING』   騎士団に所属するほか4隻の ホエールキングとは違いそれには金の装飾が施されている。   対竜戦のエキスパートを束ねる『白銀騎士団』、その『白銀騎士団』をさらに束ねる部隊「Forth Of King」。   彼らの拠点となる移動要塞それが『KING』。   つまり『ラティス・A・ヴァーンヒュゲル』団長が指揮する鯨(ふね)である。    『KING』内ブリッジ。   白を基調とした清潔さを体現するかのような艦橋には、最新の機器が取りそれえられそしてそれぞれの機器に精通した   専属のオペレーターたちが様々な業務をこなしている。   皆同じ制服を着ており、機械のようにテキパキと動き続ける。   機器からの情報を正確に読み取り、それぞれの部署に伝達、もしくは艦長へと直接報告していた。      ブリッジ中央、やや高い座席に腰掛ける初老を過ぎた男性が艦長マクダレン。頭皮が白髪に覆われ、柔和な顔つきに薄く刻まれた   皺(しわ)、目元も微笑むかのように垂れている。   しかし全くの老人のような、ではなく、その立ち振る舞いや冷静さなどから高貴な雰囲気を纏っていた。   その後方、彼らを一際高い指令大塔から見つめるの深紅の瞳、その大きな座席を持て余し気味な小柄な少女。彼女がラティス。   目的の航路を順調に航行中であり、いささか退屈な空気がブリッジ全体を包んでいたせいか、彼女は手持ち無沙汰だった。   あらぬ方向を眺めながら無意識に自慢の長い銀髪を 白くろうそくのような細い指でもてあそんでいる。   目的地である王国東部第5駐屯基地への航路は、マクダレンに任せておけば特に指示なくともいいだろう、と彼女は思った。   そこで彼女は立ち上がり、こっそりと、足音を立てずに、他のスタッフに見つからぬように自室へと向かった。    数分後、ラティスの部屋。     団長ラティスは奥に備えられた卓に座り今回の戦果報告と今後の作戦計画書を眺めていた。   その横では背もたれに深く体を預け、のんびりと読書に没頭するアラン。ラティス専属のボディーガードである。      ひとしきり書類を熟読するラティスであるが、やはり団長としては幼いためか知識の少ない彼女は時たま傍のアランに   質問を繰り返している。   そのたびにアランは読書を中断しながらも、彼女に理解できるよう説明するのだった。   まるで家庭教師と出来の悪い生徒、しかし彼らの間にはそれ以上の絆があった。     《 ◆、◆、 》  ノックがした。   特に気に留めることもない、今は任務が完了し基地への航路。 そしてもし緊急の要件ならば備え付けの電信装置から連絡が入る、   ならばこれはいつもの事だ。  「入っていいわよ」   扉が開けられた。  「失礼いたします、お茶をお持ちいたしました。」     高級そうなティーセットを銀色の車に乗せたメイドが入室した。          「いいタイミングね ちょっと一息したかったの 有難う、ご馳走になるわ 休憩にしましょうアラン?」   ノックやメイドの声も聞こえない振りをしながら読書を続けていたアランだったが、彼女の一言で本を閉じた。  「いいところだったんだがな」 とぼやいた。  「楽しみは後にとっておくものよ? 今日のお茶は何かしら?」  「やれやれ言うようになったな」  「夏摘みのカルル産ルフナでございます 生憎お茶受けは市販のパイしかございませんでした」   少し残念そうに答えながら慣れた手つきで紅茶を入れる。   紅茶の香りが部屋を満たす。     「気にしないで結構よ これでいっそう紅茶が楽しめるわ」         「いい香りね 落ち着くわ」    「ありがとうございます ご用意したかいがあるというものです」     メイドは満足そうに微笑む    「あなたも早く頂いたら? せっかくの紅茶が冷めちゃうわよ?」       「いや 冷ましているんだ、熱いものは苦手だ」     穏やかに過ぎる午後。     紅茶の香りに包まれた騎士たちの休息。     銀色のくじらは彼らを背に乗せ巣に帰って行く。        ◆騎士王の玉座   王宮地下大聖堂   王国の守りの象徴でもある古代兵器、白銀の騎士王が封印されている間。   厳しく玉座に腰をかける「彼」の前。架けられたブリッジの上。灰色の静寂の中その少女は佇んでいた。   照明の類は最低限しか灯されてなく、吹き抜けの天井から差し込む日の光だけだった。   玉座の壁に刻まれた魔術的な紋様を照らす。     豪奢な造りながらも派手な装飾などは一切なくただ灰色の壁に囲まれた、ただ広い聖堂だった。   その広さは白銀騎士団結成の式典をここで行ったといえば納得がいく。   薄暗い空間に寂しく少女一人、見つめる先は未だ戦えぬ白銀の騎士。   誰かがこの光景を絵にしたらさぞかし立派な絵になるだろう。   穏やかな絵画。 灰色の壁画。   その絵画を乱すものが現れた。   コツコツと足音を鳴らしながら少女の傍に近づいてくる。   黒い足音。   少女は最後まで気付かない。   黒い男が声をかけた。      「おい」   驚きカッと目を見開く。 短く押し殺した悲鳴。   驚いたは男、一歩後ずさる。     「驚かすな。 びっくりするだろう」    それでも余裕そう     「驚いたのはこっちよ 全く気配しなかったんだから」   「それより何をしていたんだ 仕事サボって」     あきれながらも従者(アラン)は問う。   「仕事は全部机の上、 ちゃんと終わらせたわよ」      仕事熱心なラティスは既に仕事をかたずけていたのだ。   「なら結構 3時の休憩までまだ時間がある 王宮を一周して来い」      そこで言い返すアラン   「少しくらい休憩させてよ」      負けじとラティス   しかし今度のアランは何も言い返してこなかった。      何か感傷に耽るような。   「王国に残されし最後の希望、・・・・皇帝か・・・・」   (皇帝?)      「こいつを動かしたかったんだろ? 」    詰問するでもなくただ疑問を口にするような        だから彼女は本心を隠そうとせず、いや隠す必要もなくただ目的の為に力を欲すものとして。   「ええ でもお爺様や元老院からまだその時ではないと言われているわ」   「それは仕方のない事だろう、コイツの力は強大すぎる、そのくせ扱いが難しいと聞く、そしてコイツに認められる以前に    限られた血筋の者でなければ反応すらしない、その操者が未熟ならば尚更出陣させたくもないのだろう」   アランは珍しく長文を読む、こんな長い台詞を吐くのはめったにない、彼はこの説明的な台詞を何度か彼女に言ってきた、   それはこの事実を彼女が理解しないからではなく、この機体の重要性・危険性を説くために繰り返してきた。       「つまり 私でない限り操る事が出来ない、しかし今は出撃の機会と私の技術が未熟というわけね」      呆れたようにそう語るラティス、そして呆れた対象もラティス自身。  「従者は主の失態を認めたがらないものだが、事実だからしょうがない」     この従者、主人には厳しいようだ、本人はオブラートに包み込んだつもりなのだが、このように言われると主人は傷つく、   もちろんラティスも。  「ホント 判ってる事だけどアランははっきり言うのね 意地悪」    ジト目で抗議する。    口ではふざけてはいるが、実際は結構傷ついた、いつか機会があれば絶対にその言葉を撤回させてやる。    そう彼女は心に決めこんだ。  「まあ 同じレベルの練習相手が居ないってのも問題だな、師匠達ばかりでは弟子が自分の成長を実感しにくいものだ。    お世辞でもなんでもなくお前は短期間でずいぶん成長したよ まあ実戦はまだ先かも知れんが、それまでは管理職の方で   頑張ってくれ」      アランが正直な感想を漏らすと、ラティスは少し顔を赤らめた。  「……その……私も…頑張ってるから……」            アランがポケットに手を突っ込みシガーケースを取り出す、が直ぐに思い直したのか再びしまう、   彼なりにこの場が神聖な場所だという事を思い出したらしい。   この煙草を吸う(吸おう)という仕草は彼の特徴の一つでこの動作があったときはたいてい真面目な話をしようとするときだ。        この時も。 「ただ、これから実力を伸ばすことを目標とするわけだが、これだけは覚えてくれ。                        これは支配でも、防衛の為でもない。破壊の力だ」    アランは一度そこで区切り続ける。 「その力を制御する為の操縦技術だ、動かすだけの人型じゃない、抑えつけるHmBloxなんだ、わかるな?」        「ある程度の手加減は出来るようになった だけど・・・十分じゃ無い」 「そういうことだ、下手に動かすとただそれだけでも大きな被害が出る。 戦闘をすれば尚更さ、どちらにしても コイツを出さなければならない程の切羽詰った状況もないしな」 「出撃させないに越した事はないしね」   「まあな」    アランは踵を返す 「俺は部屋にも・・・・」      アランの懐から小さな振動が訴える、懐にわずかな緑色の光が点灯する。      この通信機に連絡が入るとは、騎士団司令部からの通信だった。      気だるそうに懐に手を伸ばし耳に当てる。 「団長補佐アランだ」 『・・・・・・・・・・・・・・・・』 「ああ」 『・・・・・・・・・・・・・・・・』 「ああ」 『・・・・・・・・・・・・・・・』 「わかった、一番近い部隊は?」 『・・・・・・・・・・』 「そうか、とりあえず団長には報告したのか?」 『・・・・・・・・・』 「ちっ こういうことはまず団長に報告するものだろう」 『・・・・・・・』 「まあいい 目の前に団長がいる、まず報告した後、折り返し連絡する。」  通信機のスイッチを切る。  アランの表情には苛立ちが張り付いていた。  「報告する。南西部から大型の竜、おそらくはコマンダーだろう。それが高速で移動中、 進行方向からウェスタ原子力発電施設に向かっていると推測される。発電所が破壊された場合、周囲50kmは放射能に汚染されてしまう。 その場合、予想される被害は105万人以上になる」 「最も近い駐屯地の戦力では対抗できなかったらしい。既に撤退が始まっている」 「そして運の悪い事に竜の進路上にはニダヴェリールがある。人口約5万人の都市だ。今の速度を維持すれば20分後には到達する」 「理想としてはウェスタ発電所を通り越し、ニダヴェリールでの迎撃といきたいところだが・・・発電所を挟んで反対側だ、 いかんせん距離がありすぎる。ホエールキングの速度ではまず間に合わないだろう」   「作戦司令部が俺達に下したシンプルな作戦案はこのまま発電所に向かい、そこでの迎撃だ。ニダヴェリールを見捨てる心算らしい」   「ラティス、俺がいいたいことはわかるな?」    少女を正面に見据え目に力を入れて、訴える。  「この作戦は105万と5万の天秤だ」     「だが俺達の行動の決定権はお前にある」  架橋の上。沈黙する騎士を眺め静かに少女は呟いた。  「天秤は常に重い方に傾くのね」    少女は静かにつぶやいた。  「天秤が重い方に傾くのは道理。けれど天秤に掛けられた物事の価値を等しく奪ってしまう。   命と釣り合いの取れるものは存在しないのに。」  そしてアランが口を挟む。  「だから彼らは量で計り浮き上がる方を間引こうとする、重い方を守るために」  「でも・・・・でもまだ天秤に掛けるには早すぎる」    豪奢な彫像をながめ、自らを諭すように。  「・・・私はどちらも選ばない」   そっと静かに呟いた。   そしてアランに振り返る。   勢い良く振り返ったため、ラティス長い銀髪がまう。  「これは曖昧な推測でも自惚れでもない、私は絶対に守り切ることができるの!」      言葉の最後は叫びにも似た声色だった。   全てを守りたい、誰も犠牲にしたくない、絶対に守って見せる。   そんな子供じみた正義論を掲げながら、少女は懇願にも似た言葉を吐く。   しかし彼女にはきっと、きっとその言葉どおりに信念を貫くのだろう。   そして必ずその理想を実現させるのだろう。   なぜなら彼女にはその力があるのだから・・・・・。  「・・・・・・・お前の真意は理解した、では具体的な作戦は?」  「私は騎士王の封印を解き、先行してニダヴェリール近郊で目標を迎撃します。   アランはKINGに戻って皆と一緒に出動して。現地で合流しましょう」  「了解した、では封印解除、及び出撃に関しては俺が上に掛け合おう。支度をしておけよ」  「ありがとうアラン」 「ああ、絶対に竜を倒して戻って来い、そのためにこの力を託す」  そう言い残し、アランは通信機を片手に廊下の奥へと消えていった。   振り返り騎士王を見つめるラティス。   今度こそ起動させる時が来たのだ。   薄く積もった埃は白銀騎士団結成の日から二年の歳月だった。   酷く色あせた玉座は封印から幾百年の歳月だった。   彼の王がこの地で眠り幾百年、目覚める事を禁じられていた長い時   彼の王が・・・        「まるで謀ったかのように この時が来てしまった」     目を閉じ心を落ち着かせる、呪文の詠唱は一つでも間違えてしまうと意味がない。     (大丈夫、失敗なんてしない)     聖堂の暗闇が更に暗くなった気がした。     闇が闇を呼び視界も闇に彩られる。     余計な雑音が消え、静寂が聖堂を支配する。     余計な雑念を払い、解呪の呪文を一語一句唱える。     少女はひざまずき祈りを捧げる様にその言葉を静かに口にした     −我ら神秘を用いて汝を鋳造す−         −我らを模して汝を創造す−         −ケテル・コクマ・ビナー・ケセド・ゲブラー・ティフェレト・ネツァク・ホド・イェソド・マルクト−     −時の地層に埋もれし白銀の王よ−     −人を縛りし偉大なる力を行使する王よ−     −今こそ我ら民の為ツルギを振るうときが来た−     − 我今一度真理を与える−       − 汝今一時太刀を授けよ−         −白銀の王よ− 闇に埋もれた静寂の中、少女の小さな声だけがこだまする。 ステンドグラスから差し込む虹色の光は少女を包む。 先ほどと何も変わらない。 ただ少女の小さな息遣いが聞こえる。 そうなにも・・・。 呪文を間違えたのか、それとも「彼」が彼女を認めなかったのか。 いやもし駄目ならばもう一度唱えなければならない、そうだ私が出なければ、皆が待っている、 この脅威は今や「彼」の力でしか払えないのだから・・・。 「白銀の王・・・キングシルバリオンよ・・・」 そう、彼女がこの2年間、何度も耳にし声に出した名前を呟いた瞬間。 何か鈍い音が・・・・断続的に響いてきた。 重々しくその巨体を持ち上げる、眠っていた怪物が再び起き上がろうともがくような轟音。 驚いた彼女が顔を上げると巨大で武骨な手のひらが・・・・。 暫く呆然と立ちすくんだが、やがて事態を把握した。 少女はゆっくりと立ち上がり王を見据える。 少女はおもむろに胸元のボタンを外す、肩が一気に軽くなる。床に転がる金属の肩当。 上着を脱ぎ、外気に晒される少女の華奢な肩、白くてか細いライン。聖堂の冷たい空気が地肌を撫で火照った体を冷やす。 その小さな肩に人々の希望が重々しく圧し掛かっていた。  続けて肩口の留め金を外し、前掛けを取る。 肌に密着する白い布、僅かながらの小さな膨らみが騎士団長などではなく、幼い少女であることを感じさせた。 さらに腰当を外す。 ひどく細い緩やかなライン。 華飾な団長の衣装を脱ぎ捨て、軽装になった少女。 先ほどのシルエットと比較する必要もなく酷く華奢な体つきであった。その衣装が嘘であったかのように水を増したような団長の衣装。 それを脱いだ彼女はとても小さく可愛らしく、幼く感じてしまう。 いや、これが本来の彼女の姿なのだ。その肩は小さく弱々しく、腰は細く括れ、まるでガラス細工のような脆さがあった。 こんな少女に、か弱いはずの少女の体に人類の大きな希望を、受け止めているのだ。 肌に吸い付くようなタイトな肩きりの白い服。 腰から左右側面に垂れる白色のスカート。 白色の小さなパンプス。 少女がこの機体を操縦するときの服装。 いわばパイロットスーツ。 露出が多いのは操縦席の特徴から否応もなくこの形状に至ったものだ。 そして少女は差し出された手の平へ・・・ 手の平に立つと改めてその大きさに気づかされる、天井はブリッジからでも高く感じたのにその大きさは天井に達しそうなほどだった。 銀色の胸部、大きな爪のような装甲がゆっくりと。 広い空間が開く。手の平に導かれながらその中に入っていった。 聖堂の中よりもなお暗いその空間、様々な機器が様々な光を点滅させている。 その奥には特異な形状をした白い十字架が、流線型ともいえる形、それは樹の幹を思わせた。 樹に自分の右腕を装着させる、左腕も同様、彼女は自らその十字架に身を架けた。 その途端、ゆっくりと扉が閉まる。 あたりが黒く染まる。いくつかの鎧の隙間が僅かな光を点すだけで、すでに闇の中。 目を瞑る。 練習機とほぼ同じ、見慣れた筈の空間。竜との戦闘も幾度と無く経験している。でもそのときは側には必ず誰かがついていた。 少女を守る黒騎士も今は不在。少女の心はすでに不安で満たされていた。自由の効かない操縦席。 騎士王を操るための操縦席だが、今は白木の十字架に拘束されている気分だ。 しかしそれも一瞬。 閉じた瞼。 しばしの後、その裏に薄く光を感じ取る。 『blood code vertification confirm to cognate of Avalon』 『safety device cancellation  conduct a symphony access to limited code [E]』 『graviton-driver__stand-by___ready』 『King-Silverion awakening』 『ごきげんようラティス』  一気に緊張がほどける。 「ごきげんようシルヴァ ナビよろしくね」 『こちらこそお願いします』 それまで硬直していた十字架が自由になる。 『この機体の操縦は初めてですね?』   擬似人格OS戦闘支援ユニット、彼女はsilvaと呼ばれている。   もともとシルバリオンに搭載されていたOSらしく、人語を解し機体と操縦者を仲介し複雑すぎる機体制御系等を人間に理解しやすい   形に置きかえある程度操縦を簡略化させる働きがある。   もちろん彼女も相当複雑なプログラムで出来ているらしく現在ではその解明に至っていない。      ちなみにシルヴァ自体は普段、ラティスの首飾りの姿をしており、ラティスがシルバリオンおよび訓練機に搭乗するときに限り、   彼女と機体をつなぐインターフェースとして活躍するのである。    「ええ そうよ コックピットに乗り込むのも初めて」    そう彼女は、この機体に乗り込むのも初めてなのだった。 「では少し練習されますか?」 「ごめんなさい そんな時間は無いの すぐにでも出撃しないと」    正直このやり取りの間でさえ時間が惜しい、急がねば。 「そうですか しかし当機は訓練機に比べ体高、重量、機動力、その他全てのスペックが大幅に高います。どうかお気をつけて。」 「わかってる だけどシルバリオンじゃなきゃ、シルバリオンの機動力じゃなきゃ間に合わないの」 『アランより入電、開きます』 『起動には成功したようだな、とりあえずおめでとう。竜のクラスが判明した。やはり陸戦型のコマンダークラス、  だが該当するカテゴリが存在しない。未知の竜だ、気をつけろよ』 「わかってる 正体不明はそれだけで危険なんでしょ?」 『慎重にな あと目的地のデータを送る』 『送られたデータによって現状は把握しました 事態は一刻を争うのでそこまでは自動で跳びます』 『しかしラティス、ある程度のフォローは出来ますが実際に戦うのはあなたなのですよ 』 「始めからそのつもりよ アランに強くなったところ見せてやるんだから」 『その意気です アランを見返してやりましょう』 「ええ」     シルヴァに応えると、シルバリオンが大きく揺れた。  玉座に深く座り込んでいた、騎士王がその重い腰を上げ直立へと姿勢を変える。    前方で行く手を阻むブリッジ、自動で左右に収納された。  重々しく踏み出す第一歩、猛々しく鼓舞するようなその重み。  重心を移動し歩む第二歩、雄雄しく勇気にあふれるその重み。  数歩進み見上げる天井、高みを目指すそのまなざし。      天井が大きく広がる、広がる隙間から差し込む光。    やがてその光はその白銀の騎士王を包み込み......      光を身に纏う騎士は騎士の中の騎士、即ち騎士の王        希望を守る、勇者そのもの     その光の蒼穹に向かい、彼は飛び立った。          『残り30秒ほどで目標と接触、気をつけてください』     街の上空を過ぎ去ってからは、徐々に建造物の数が少なくなっていき、やがて鬱蒼とした森林と荒野とが複雑に入り組む地形へと  変わっていった。 高度から臨むと波を描くような森と荒野を貫く一本の道路が見え、その道路に沿ってシルバリオンは飛行する。 やがて目標に近づいていき、肉眼で確認できるほど大きくなる、それに比例するように徐々に高度を下げていく。  「いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」 肺から精一杯の空気を吐き出すようにラティスが大声で叫ぶ。 シルバリオンがその叫びに呼応するように、右腕を振りかざす。 高く振りかざした右腕に太陽の光が反射し、直線に伸びた腕はまるで一振りの太刀を思わせた。 その太刀が一際白く輝く、そしてその切っ先、つまりは掌が開きその中心から極小さな黒い球体が突然現れる。 黒い球体は黒色を更に濃縮還元したような濃厚な黒色で、歪なほどの力強さ、禍々しさを連想させた。 しかしそれは物質的な物ではなく、もっと根源に根差す物、例えば空間に干渉するような力。 恐らくソレは光の存在さえ許さないのだろう、そして恐らくどんなモノでもその力を超えるモノ等存在しえない。     なぜならその力は・・・・・。 「グラヴィトン・スマッシャァァァァァッ!!!!」  振り上げた右腕を竜に向け振り落とす、高速で突っ込むシルバリオン。 すでにシルバリオンに気づいていた竜は直前で回避、何とか頭部及び胴体部分への直撃は免れる。 しかし完全に避けきることは出来ず黒い球体が前腕を掠めた。 たったそれだけで。竜の巨大な右腕は無残にも引き千切られ、肩の付け根付近まで破壊された。 体液が噴き出し、基部からは半壊した機械類が覗いている。 シルバリオンの重力攻撃、その球体に触れた部分は最初は大きく凹み、そのまま球体に吸い込まれるように押し潰された・・・・・。 重力攻撃の後一瞬で態勢を立て直したシルバリオン。そのまま流れるように繰り出した後ろ回し蹴りが竜の腹部に炸裂、   良過ぎるほどの勢いで後方に吹っ飛ぶ。  『いい動きですラティス』  そして更に吹っ飛ばされた方向に向かい跳躍で間合いを詰める。  たった一跳びで、竜に近づく。  シルバリオンの隙の無い動作は竜の反撃すら許さない、それどころか竜は何が起こったかも理解できていないのかもしれない、  これだけの動作が殆ど一瞬、数秒で行われたのだ。  格闘型竜に対して決定打ともいえる、片腕の破壊。これだけでも大幅に戦闘力を低下させたはずだ。  しかしそれだけでは終わらない。ラティスは一度も反撃の隙を与えるつもりは無かった。 『グラヴィトン・スマッシャー』も頭部か胴体部分に直撃すれば致命傷にすることが出来ただろう。 先ほどの一撃は外したが、次は確実に。   もう一度右手に力場を形成し、竜の正面に来たとき・・・・。 竜は突然に巨大な左腕を突き出した。 『ラティス 駄目ッッッッ!!!』  ラティスは一瞬怯み、突き出された竜の左腕に突き刺さそうとしていた右腕を急いで引っ込める。 拡散する力場。硬直するシルバリオン。  そしてその隙を竜は見逃さない。  巨大な尻尾がシルバリオンの正面から叩き込まれる、それ自体はダメージにもならないのだが、巨大な質量の塊の直撃  だったため、そのまま十数歩ほど吹っ飛ばされる。  仰向けに倒れたシルバリオン、本来ならこんな屈辱的なことを許すはずは無い。しかし唐突だった、  あんなものが目の前に突き出されるとは。  さすがコマンダーといったところか、そこらのゴロツキの竜と比べると格段に頭がいい。  ラティスの行動原理、目的、を読んでの行動だった。    竜がシルバリオンの目の前に突き出したもの、それは戦闘機。  民間所属で、内部には人間大の生命反応。  もしそのままグラヴィトン・スマッシャーを放っていたら、恐らく中の人間は先ほどの竜の腕と同じように・・・・・・。  想像するとそれだけで気分が悪くなる。  間一髪だった、良かった、本当に。  ゆっくりと腰を上げ立ち上がるシルバリオン。  しかし向こうに人質がいる以上こちらも下手に攻撃が出来ない。一瞬で距離を詰め一撃で竜を破壊するか、それとも同じように  距離を詰め戦闘機を掴む左腕をもぎ取るか。  いや先ほどから竜は戦闘機を掴んだ左腕を突き出し、盾にしている。攻撃が少しでもずれれば強大な重力場の効力を受けてしまう。  通常の射撃装備は持ち合わせていない。  いったいどうすれば。 長い硬直時間。 人質さえなければ戦闘力の高いこちらのほうが有利だ。しかしこちらの弱点とも言える人質をとられてしまった以上、 優劣は五分と五分か、むしろ・・・。 けっして状況は良くない。 視線を戦闘機に移す。恐らくは最新鋭の機体だろう、主翼には大きく『ミッドガルド重工』と書かれている。 特異な形状をしており胴体部分から生えた脚のようなのランディングギアが目を引く。  キャノピー部分に移す、こちらは黒いガラス部分に覆われて中のパイロットを確認できない。  ふとその機体の脱出装置が使えないのかという考えが頭をよぎった。  しかし再びコックピット部分を見て落胆した。キャノピー部には太い竜の指がしっかりと押さえつけてあったのだ。  こいつは他のコマンダーよりも頭が良い、人質の逃走という事態も考えが及んでいるのだった。  人質を使うということをしっかりと理解している。              動けない       下手に動くと竜は戸惑うことなく彼を握りつぶしてしまうだろう、       それだけは絶対に許されない。       何か他に武器は無いだろうか?       瞬間的に懐にもぐりこみ、人質を傷つけず、敵を一撃で倒すような。    『残念ながら現在の武装では間合いに入って撃破することは出来ても、人質を無傷で助け出せるようなものはありません。     現状は人質の生命よりもニダヴェリール防衛を優先するのが賢明かと』    シルヴァが冷静に現状を説明する。    お前には無理なのだ、と突きつけられたような、今のラティスには残酷な言葉だった。    『ラティス、とても冷たい言葉ですが、5万の人の命と一人の命、どちらが重いのでしょうか?』      母親のように優しい口調で諭してはいるが、それはとても冷たい言葉だった。    「5万人の命が重いわよ・・・・・けど、たった一人の命でも未来は・・・可能性は平等なの!!!」      駄々をこねる子供のように。    『ラティス 解ってください。我々は白銀騎士団、竜の脅威からひとりでも多くの人々を・・・・』          「今目の前に人がいるのよ!!! 竜の脅威におびえている人が!!! それこそ見殺しになんて出来ない!!!」      泣き叫ぶように。    『ラティス!!!!!』             それはコンピューターの声    『ラティス!!!!!』             それは男の声    『ラティス!! これを使え!!!』      絶望に打ちひしがれていたラティス、その沈みきった彼女の心に男の声が割って入った。    上空には銀色にきらめく巨大な白鯨。    その頭頂部には黒い、漆黒の甲冑を纏った騎士が佇んでいた。     アランの機体ブラックナイトだ。両手で掴んだ巨大な剣を重そうに引きずりながら、少女に叫ぶ。   『忘れ物だ!! 受け取れ!!!』    漆黒の騎士が自分の身の丈よりも大きく、遥かに重いであろう金色の刃を渾身の力を込めて放り投げる。    支えを失った剣は余りの重量の為ほぼ垂直に落下し、轟音と共に深々と地面へ突き刺さった。    瞬間、竜の残った左腕が弾け跳ぶ。いったい何が起こったというのか、彼からはの先ほどまでの盾の感覚と、    切羽詰った優越感が同時になくなっていた。    ホエールキング上からの砲撃。それは色鮮やかなHmBlox。遺跡から発掘された強力な兵器に身を包んだ、 ショウの「ドレス・ガンナー」のものだ。    捕らわれていた戦闘機が宙に逃れる。   その隙を、逃す筈もない。剣の落下地点に一跳びで近付くと、   最強の力の一端、無双の刃「クラウ・ソラス」を軽々と引き抜き、     シルバリオンの深紅の眼が竜を射抜く。   力強く大地を踏みしめ、竜目掛け弾丸の如く一直線に跳び、その背後には真空が生まれる。   そして竜の横を通り過ぎる瞬間、全力を込めた一刀を叩き込む!!     既に両の腕をもがれた彼に、防ぐ手立てなどはない。   いや、仮に腕が2本あろうが4本あろうが、シルバリオンの前では無力に等しいだろう。        剣を振り切り、静止したシルバリオンを追い越すように、砂塵を巻き上げて突風が吹いた。  その風を遮るかのように、巨大な竜の腕が地面に大きな音を立てる。       ほんの一瞬の出来事だった   ひと時の刹那のうち途切れる事のない流れるかのような連続だった。     響き渡る咆哮、泣き叫ぶような叫びの後。   竜は胴から斜めに崩れ落ちる。         終わった。    『・・・・・敵は完全に沈黙・・・・お疲れ様です』      初めての実戦。  訓練ではない初めての戦闘。      人の命を賭けた戦い。  いくつかの天秤の答え。        何もかも初めてだったが、それは終わった。    『よくやったな、ラティス。・・・上出来だ。 後はデュースの連中にまかせよう。 帰艦してくれ』                                 楽園を滅ぼさんとするもの         太古の存在、幻想の産物、怪物の頂      神話の片鱗に名を残し、誰しもがその名を知り、   誰しもが同じモノを思い描く事ができるほど、皆の記憶に刷り込まれた存在。     それは幼い頃聞かされたおとぎ話の断片であったり。      あるいは卓上遊戯の最強の役としてその名を知る。                                   そして人々は                       平和な楽園を夢見て                              再びツルギを取った