<砕かれたれた剣、翔び立つ刃> 空が重い、まるで鈍色の塊がビルの群れに支えられているような、そんな感じだった。 目の前を黒色の警備用レオブレイズMr13が悠々と横切る。 さっきは物資運搬のバッドバイパーがゾイドの残骸を、おそらく竜との戦闘で破 壊されたのだろう。を運んでいた。 俺はとっさに親指を隠す。 何か言葉にできないような不快感と変な迷信を信じたからだ。  気分も沈む。 気分転換にと少し開けた道路から、俺は愛機のいる格納庫に向かった。 格納庫の中は外のどんよりとした湿り気のある空気よりもずっとひんやりと肌をなでた。  ほかに誰もいなかったので、扉のそばにあったコックのでかいやつを引き上げ、照明をONにする。  そいつはそこにいた、いつもと変わらない体勢で、俺を待っていた。  「少し遊ぶか、ブルーセイバー?」  コックピットに乗り込み、プログラムを起動。  本部のコンピュータとリンクさせ、今までの竜との戦闘データから作り出した最新版の戦闘シュミレーションプログラムをダウンロード。    シュミレーションを起動させる。   コックピットのスクリーンにはどこか見知らぬ市街地が映し出される、まるでブルーセイバーとその場所にいるような 虚視感。レイとブルーセイバーはビルの屋上に佇んでいた。    数秒後、咆哮とともに「竜」、それはコマンダークラス、「爆殲竜」と呼ばれる種類だった。  2度目の咆哮で戦闘開始。  ラウンド1。 たとえバーチャルの竜といえども戦闘力は桁外れだ、油断はできない。  一撃で手元の武装が持ってかれる。 ブルーセイバーの損傷率を70パーセントオーバーにしながらも何とか勝てた。  レイはこのシミュレーションが気に入っていた、実際にゾイドのコックピットに乗り込み、実物のレバーを引け、実践と同じように竜の姿が映し出されるスクリーンが使える。このシステムが。  しかし同時にレイは知っていた、これがどれほどリアルを追求しようとも現実の戦闘にはまったく役に立たないことを。  いくら実際のコックピットで、実物の計器を操作し、本物みたいな竜と戦えようとも。  実際の戦闘とは程遠い。  機体にかかるGが再現されていない。衝撃が再現されていない。武器による振動がない。コックピットからでも聞き取れる、あの竜の竦(すく)みあがるほどの竜の雄叫びがない。決定的なのが竜に対する恐怖感がないことだった。   そして何より、竜はこちらの戦闘準備が整うまで待ってはくれない。  そう、いつだって突然奴らはやってくる。こちらが合図を送って、よういドンで戦闘などはしない。  所詮このシミュレーションは子供だまし。 だからレイはこのシュミレーション戦闘のことを『ゲーム』と呼んでいる。  こうして他のCPUキャラを相手にレイは午前中ずっとブルーセイバーと遊んでいた。 太陽が中天に達した頃。警戒にあたっていたプログレス・ラギアのパイロットは 、電波探知晶(レーダー)に正体不明機(アンノウン)を捕らえたと、本社警備部に報告した後、消息を絶った。 その半時後、警備部特別警護課。  「プログレス・ラギアの補足した、正体不明機(アンノウン)は『竜』と確認しました。今までにないタイプです。」  「全長約70M。単体で活動していることから恐らくクラス・バスターだと思われます。」  二人の女性オペレーターの声が響いた。  二人目のオペレーターの言葉に、その場は緊張が走り、どよめく。    地下社務室、小広い部屋に数十人の男女が監視晶(モニター)の前に座っていいる。  一つだけ孤立した少し大きめの机に座っていた中年の男が尋ねる。  「竜の状況は?」  「本社ビル『ジッグラド』より300Km地点にて動きはありません。」  「了解、社則特記事項により、これより我がミッドガルド社防衛の全権は特警課に移る!! 待機中の三機のブレード・レッドを緊急発進(スクランブル)させろ!!! それから映像出せるか?」  「はい!! プログレスラギアが最期に転送した画像があります!」  映像写幕(スクリーン)に映し出された「竜」。正面からの映像。   「竜」の姿のそれは明らかに「竜」であった。しかしその姿は既知の「竜」とはあまりにもかけ離れたものであった。  まず目につくのはその骨がそのまま露出したように突き出た翼――――――それは禍禍しさを纏っていた。  その頭部から露わになった巨大な頭蓋―――――――いびつなそれは忌々しさを孕んでいた。  異常な形状の両の腕―――――――それは荒々しさを現していた。  腹部からは多くの大量の節足がはみ出し、その「竜」を支えている――――――――――その不気味さには多くの殺戮の足音が蠢いていた。  「怖い………」  一人の女性オペレーターが呟く。  その竜はまさしく、異形。      まさしく、奇形。        スクリーンの中の「竜」。   「ひどく不恰好だな」  中年の男が続ける。 「現時点を持ってミッドガルド社<ジッグラド>を放棄。新型機、実験機、一般社員及び研究者を優先的に、建設中の地下施設<カタコンベ>に退避させろ!!!」  一人のオペレーターが叫ぶ。  「課長!? なぜです!? まだ戦闘は始まってません!」  「だからこそだ。 もとより我が社の保有するゾイドの大半が実験機か試作機だ、それだけ十分に竜と交戦するだけの戦力がない。それに未知のカテゴリならなおさらだ。 未知の竜とはそれだけで危険な存在なのだ。」  再び辺りがざわめく。  「静かに! 事態は最悪な方向にへと進んでいる―――――事態は一刻を争う、早急に全社員に通達!!  至急<カタコンベ>にも受け入れ準備要請を!!ホエールキング〈Ark〉には一般社員とできる限りの機体を搬入しろ!!」    ミッドガルド社警備部特別警備課。対竜防衛戦時にのみ特別な権限が与えられ、またその代わりに『竜による社の被害を絶対に阻止しなければいけない』、という使命が科せられる。  有事の際には便宜上司令室と呼ばれるその小広いオフィス。忙しそうに働き始めた。 三角陣形(トライアングル・フォーメーション)を組みながら巡航するブレードレッド3機。荒野を跳ぶ。 スクランブルがかかってからすでに40分程。まだ竜はいるだろうか?   「いた!」 攻撃目標は竜。 任務は社への進撃の阻止、或いはその場での時間稼ぎ。 殲滅は不可能と判断。   「レッドリーダーより各機へ、前方15マイル地点にて目標を確認! 」   「了解!!」 編隊は隊列を崩すこともなく、赤い隊列はその醜い竜を目指しとび続ける   「目標、、肉眼で確認!!」 目標まで残り3マイル…………………2マイル…………………1マイル.......700ヤード.......300ヤード   目標にギリギリまで接近。   そしてブレードレッド隊は竜を分岐点とし、レッド隊は二つの方向に流れた。 一方は竜の右側へ、もう一方は左側へ。そしてそのまま三機は竜の後方で着陸。  降り立つと同時にすぐさま、長距離飛躍ユニットを除装。   戦闘方式はいたって単純、中距離からの射撃とともに回避、つまりは回避型射撃(ヒットアンドアウェイ)。 攻撃開始の掛け声とともに射速の高いショートバレルライフルによる射撃。 一回引き金(トリガー)を引くごとに回避、竜の反撃に備えてだ。 そして無数の弾丸により舞い上がった砂煙、その砂煙が薄まる前に再び射撃。 3回ほどそれを繰り返した後、隊長は「撃ち方やめ」と部下に命令した。 砂煙が薄くなり始め竜の姿が現れる。 しかし………………………竜の様子はおかしかった。 そう竜はその一斉射撃に臆することなく―――――――――――いやそれどころかブレードレッド隊にすら興味を示さなかった。  ブレードレッド隊に緊張が走る。  竜は身震いするほどの巨大な咆哮を上げると、その巨体を支える節足を少しずつ少しずつブレードレッド隊とは逆方向に前進し始めた。  ブレードレッド隊もその逃亡を阻止しようと走り始める、が蒸気機関のように力強くゆっくりと速度をあげる、高速で上下する無数の節足。 その速度がそこに吹く風と等速になり、徐々にブレードレッドの群れを徐々に引き離していく。  跳躍ユニットを外してしまったブレードレッドにはもう、その竜に追いつく手段がなかった。 大きく離され竜は3機を置き去りにして遠くミッドガルド本社の方角、荒野の地平へと小さな影となっていった。 「BR隊より入電、『我、竜と遭遇するも歯が立たず、竜は本社に向かい高速で逃走、警戒すべし』」  「南南東より巨大な動体反応、おそらく竜と思われ……」「白銀騎士団より入電、強大な竜との交戦中の為、応援には応えられず 御武運を祈りし』」    中年の男が呟く。  「相手にもされないか…。 」  「飛車は厄介だ…。レイ達は出せるか?」  まだ若い女性オペレータが応える。  「はい、先ほどから出撃の準備は整っています。」  「すぐに出してくれ。どうやら敷地内での戦闘になりそうだ、これは我が社始まって以来の巨大な危機だ。」  N-02地下格納庫内、人型形態のブルーセイバーとコバルトエッジがカタパルトに向かって移動している  ブルーセイバーにコバルトエッジがついていく。   通路の両側には幾つかのHmBLOXが並んではいたが、装備自体が乏しいためこれまで試験的にでも実践に投入がされたことのない機体ばかりだった。  薄暗い庫内。  ブルーセイバーの中でレイがぼやく。  「うわぁ 今回こそはさすがにやばそうだな、本社敷地内での戦闘かよ」  「やばいってもんじゃないわ リスクが高すぎよ、2対1だけど明らかに戦力不足、勝つ見込みなんて全くありゃしないじゃない。 第一敷地内で戦うなんてどれほど被害が出るんだか。」   二人の通信にルーツが割り込む。  「リヴァイアサンって知ってるか?」  突拍子もない問いかけだった、二人は豆鉄砲を食らった。  二人はそれぞれ疑問を口にする。  「人型に変形する青い鯨のロボット?」  「そんなわけないだろ、たしかどっかの神話に出てくる海に住んでる怪獣。それがどうしたんだ?」  「いや微妙に違うがまあいい。 ここで言うほどのもんじゃない、それに洒落にならないからな。」  「なんだよそれ、なんかいやな物言いだな。」  「無事に帰還したら教えてやるよ 」  「まぁいいや、さあ発進しようか」  2機のHmBLOXはそれぞれのエレベータに付き、オペレーターの指示の元、地表まで上昇していった。  依然高速移動中の竜が荒野を走り続けていた。70mの巨体が文字通りの暴風となり吹き進む。大きな砂煙を巻き上げて。  やがて風の通り道が荒れ野からビル群に移り変わる。  立ち並ぶ多くのビルを薙ぎ倒しながら、その竜はなおも走り続ける、まるでそこには障害物などないように。  そして竜は一直線にミッドガルド社に向かい走り続ける ブレード・レッドが40分かけて移動した距離を、竜はその半分、20分で走り抜ける。 「ブルーセイバー及びコバルトエッジ、N2エレベーターに移動完了。」 「12時の方角より竜、きます!!!」   ≪■■■■■■◆◆◆◆◆◆◆◆●●●○○○○!!!!!!............≫≫≫≫ 一瞬大きく地面が揺らいだ、少し遅れ轟音。  そして緊急事態を知らせる赤いシグナルと警告メッセージが響く。 「何が起きた!!!!」  みな状況を把握する事ができなかった、あたりが騒然となる。  ただ目の前の巨大監視晶≪メインモニター≫に映るレーダーだけが明確な状況を……敵機を表す竜の赤いシンボルマーク、そして基地を示す青いシンボルマークが重なっている事を伝えた。  「竜、敷地内に侵入!本社第二ビル≪ブリューゲル≫に激突した模様! その他詳しい被害状況は不明!」  「警備班の通信が途絶!」  「≪ブリューゲル≫崩壊します!!!」    「衝撃に備えよぉぉおぉ!!!!!!!!!!!!!」 ≪■■■■■■◆◆◆◆◆◆◆◆●●●○○○○!!!!!!............≫≫≫≫  二度目の轟音と衝撃。今度のは先ほどのものよりも大きかった。  「メインモニターにだせ!」  男が叫ぶ。  モニターは瞬時にレーダー画面から≪ブリューゲル≫のあった場所を映し出す。   画面全体が粉塵に包まれている。 映し出す映像に幾つものに罅(ひび)が入っていた、おそらく先ほどの崩壊の時、瓦礫によるものだろう。  崩壊の衝撃がいかに凄まじかったかを想像させた。  「何も見えない………」  誰かがそう口にしたとき、何かが動いた。  先ほどよりも粉塵が薄くなってきた、そしてそこに現れるシルエット、竜だ。  太陽を背にしているため、竜の影がより濃く映る。  ふと蠢いていた竜の動きが止まった。  ゆっくりと、死刑宣告を告げる処刑人のように、最大限の恐怖を与えるように、その竜はゆっくりと体の向きをモニターの方に向ける。  ゆっくりとモニターの向こう側を.........まるで見えているかのように見渡した。  禍禍しく、凶凶しい姿、すぐ近くにいるという恐怖。  影絵が咆哮する、モニター越しだというのに管制室にこだまする。  『絶望』の二文字が漂う。 「遅かったか……。」 竜の口が怪しく光る、荷電粒子砲が放たれた。  『Do≪―――――――――――――≫≫≫≫≫≫≫≫≫ 今まで影絵を映し出していたモニターはただ白黒の砂嵐に映り変わった。    「チィッ 目も耳もやられた。 ブルーセイバーとコバルトエッジは無事か?」  「反応はありますが両機、パイロットともに安否は不明!」  三度目の轟音、しかし今度は勝手が違った。  一瞬沈黙していた外部からの音声が入る。  「俺たちは無事だ! 課長!早く脱出の準備を!」  ブルーセイバーのパイロット『レイ』からのものだった。  「無事だったのか!」  「ああ、そんなことより早くホエールキング≪Ark≫へ!!」  続いてコバルトウィングβ・ルーツから。  「分かった! 我々は脱出準備を進める、お前たちはできるだけ時間を稼いでくれ! しかしあくまでも時間稼ぎだ! それとできる限りこちらの被害を最小限に!」  「簡単なことだよ、オッちゃん」  「あ〜それからもう一つ、君ら、絶対死ぬなよ」  「了解!!」   三人の台詞が被る。    「≪Ark≫は後どれくらいで発進できる!?!?」  「約30分です!」  「入りきらない機体は全て地下シェルターに格納しておけ! 生命最優先だ!」  「20分――――20分だけ耐えろか…。」   横に倒れこんだ竜を見据えルーツはぼやく。  「時間稼ぎさ、もういい加減起き上がるぞ、気をつけろよ」   レイがそう言ったそばから、竜は起き上がろうと足掻く。  ガチガチと節足が当たる音が鈍く響く。  ≪■■■■■■■◆◆◆◆◆◆◆◆≫≫≫≫≫≫≫  苛立つように叫ぶ。  そして巨大な腕を大きく振り上げ、地面に叩きつける。その反動でどうにか体勢を整え、やっと起き上がった。    「来るわ!!」  かつてない巨大な竜を目の当たりにしフィーの声は少し震えていた。   「第3演習場に引き寄せろ!! そこなら被害を減らせる!!」  ルーツの叫びと同時に2機はキャノンやランチャーを駆使し、はるか後方演習場へと移動していく。  竜は雄叫びを上げながら、また口から焔を撒き散らしながらその2体を追跡する。  首を重たげに右へ左へと揺らしながら。  その重量で道路が崩れる。  焔はやがて敷地全体を包み込み、まさしく火の海と化す。  ブルーセイバー・コバルトエッジは負けじと射撃するが竜の火力に勝てるはずもなくひきつけるのがやっとだった。  「糞ッやっぱり効かねえか!」  「当たってるだけまし!! それより集中してないと当たるわよ!!」  「わかってる!!」  竜が轟くように唸る。  瞳のない目でブルーセイバーを睨む。  そして睨んだかと思うと、垂れ下がった竜の腕から恐ろしい、唯々暴力的な回転音を響かせ始めた。  それは例えるのなら巨大な電動ノコギリのような、腕だった。  大きく振り上げブルーセイバーに向け叩き付ける。  まずは右から。幸い一度目は避けれた。  体勢を整え、左から第2撃。  大袈裟斬りに叩き付ける。これも何とか回避する。  「まるで削岩機だな!!!」   第2撃の反動を利用しながらも無理な姿勢から第3撃が繰り出される。今度は横に薙ぎ払う形だ。         ―――――――――――――――――――――――――――――― 無理な体勢からの連撃だったため、第3撃目で腰の辺りに大きな負荷がかかったようで竜の胴体が大きく歪んだ。    しかしフィーが目にしたのは、そんなものよりも……… ……………………………腰から下を失ったブルーセイバーの姿だった…………。  「レイーーーーーッ!!!!!!!!」  ルーツが叫ぶ。  辛うじて空中に浮かんでいるブルーセイバー。 まるで僅かな血をこぼす様に、グシャグシャになった大腿から、破片を舞い落とす。  「ハハハッ無様だな、やられちまった」   レイが乾いた声で笑う。  「大丈夫か!?」   「足なんかがやられただけだ、まだ戦える。」  「そんなんじゃ足手まといになるだけじゃない!!!」   「次が来る!! 距離をとれ!!」  ブルーセイバーは竜に正面を向けたまま、ブーストで後退する。   竜はまだ腰を壊しているようで追ってはこない。  ルーツはブルーセイバーのレイに向かって叫んだ。  「レイ!! ウイングモードだ!! 足を失った今、そのままではすぐに落とされるぞ!! 少しでも機動力を稼ぐんだ」  「了解!! 合体進路はこちらで指定する フィー少しの間頑張っててくれ」    「ほんとに迷惑かけるんだから………………。」  「合体データ受信完了!! これより合体体勢に入る。コバルト………」       「まてぇぇぇぇぇいッッッッ!!!!!」   課長が叫んだ。  「いきなり止めんな オッちゃん!」   2機のゾイドが距離をとる。  「そのまま何の策もないまま合体をしてしまうと 武装の少ないフィーが危険にさらされてしまう!!! 合体はかえって危険だ」  「じゃあ何か良い策はあるのか!!!!?」 レイが苛立ち気味に声をあげる」  する通信機越しの男は余裕ありげに応える。  「策はないがな..........切り札ならある………。   NS-02エレベータに向かえ、先ほどの《ブリューゲル》崩壊によって北部周辺の電力 がストップしてしまった。エレベータ内に《Ark》に搭載するはずだった新型機がある、そいつを使え!!」  「分かった オッちゃんサンキュな!! ルーツ!! フィー!! すぐ戻る!!それまで頼む!!」  「ほんとにすぐ戻ってくるのよ!?」  「まったく 時間稼ぎのための時間稼ぎとはな。」   フィーが懇願で、ルーツは皮肉でレイを見送る。    脚をもぎ取られたブルーセイバーは竜の脇を飛び抜ける。    体勢を立て直した竜はブルーセイバーを追いかけようと展開する。  「待て!! お前の相手は俺達だ!!」   コバルトエッジがすばやく竜の進行を妨げる。  「行かせない!!」      「あそこが《ブリューゲル》」   前方には山のように積みあがった瓦礫の………かつて《ブリューゲル》だったもの が見える。 そこからすぐ150m程脇に真四角に区切られた穴。   ブルーセイバーのブースターがそろそろ限界だった。   メインブースターをOFFにしてサブブースターを点火し、速度と高度を下げる。   しかし速度が思うように下がらない。   斜めに延びるエレベータ入り口より進入。うまく入れた。足がないために摩擦での減速ができず、胴体を直接外壁に接触させ無理やりな減速を試みる。 外壁に沿って地下に下っていく。  すると前方に橙色の戦闘機のようなものが鎮座していた。  「あれか」  ここまでに大幅減速ができたため、戦闘機のすぐ傍で停止させることができた。 コックピットのハッチを開ける、暑苦しい風がレイの身を撫でた。  颯爽と地面に降り立ち、ボロボロになったブルーセイバーを見上げる。   青い装甲板がところどころ焼け爛れ、また煤(すす)によって、汚れ、そして剥ぎ取られた装甲板からは機械類が覗いていた。 「ここにお前を置いていかなければいけないんだろうな」   感傷の思いが横切る。   ブルーセイバーはレイが設計したものだった。      正確にはフィーやルーツにも協力してもらったのだが、それも含めてブルーセイバーにはいろいろな思い入れがあった。  初めて竜を見たとき、あまりにも恐ろしくて.........竜に対抗する力が欲しかった。  初めて《白銀の騎士王》を目の当たりにしたとき、その圧倒的な力に憧れその《蒼き剣》を造り出した。   それまでに幾度も失敗をした。しかし完成してからは幾度も共に危険をかいくぐり続けた。  ブルーセイバーを置き去りにしていくには、あまりにも思い入れが強すぎた。  しかし外でフィーたちが戦っている事を考えると、一刻の猶予もない。  「ごめん、――――――――ブルーセイバー ―――――――――。」   レイは《橙色の戦闘機》に乗り込み、相棒に、そっと呟いた。      薄暗いコックピット内、優雅な動作で全ての出撃準備を整える。    メインコンピュータ、OSの起動。そこで気づく、この機体の正体を。    「こいつは、まさかプロトシュナイダーか!?」    そうこれはかつてルーツが設計していたものだった。    しかし設計段階から問題視されていた高出力コア、『フレーム』搭載の技術的難しさ。 剥き出しになった放熱ブレードの硬度。 その他の問題によって実現は難しいと判断され開発を中止された機体だ。 特にそのゾイドコアに関していえば新たに開発する余裕も技術もなく、少なくとも ゾイド開発部では絶対開発できないはずだ。  「誰が完成させたんだよ………。」  しかしそんな事を言っている場合ではなかった。  エレベータの終着点、地上付近に黒い影が見えた。  影の後ろが赤く燃えている。  その影の姿ははっきりと確認できなかったが、正体は間違いなかった。       「おいッ!! フィー応答しろ!!  ルーツ!!!」  返答はない。 竜が進入しようと上半身を無理やり穴にねじ込む。   不気味な竜の雄叫びが響く。   最悪の状況だ。後ろは行き止まり。前方には竜。   逃げ場はなく、この状況で何か攻撃されるのであればほぼ間違いなく………。          「何か武器はないのか」     試作機という事もあり現在装備されている武器は殆ど皆無に等しかった。   この突撃形態に装備されているのは、前方の大型の刀のみ………。      「ならば!!」  プロトシュナイダーをその停止位置から2mほど浮上させる。   もうこの方法しかない。   エレベータの水平からの角度、丁度43度。  プロトシュナイダーの進行角度を同じ43度にすることができれば………。    しかしリスクが大きすぎる、もし1度でも0.5度でも誤差が出てしまっては。   考える時間はなかった。  コアの出力を最大限に引き出す。        ブースターフルスロットル。   しかしまだ発進はできない、目的の角度まで持っていかなくては。      38度までは簡単に持ってこれた。あと5度。   4度。   3度。  前方の竜が大きく口を開ける。無数の光球が吸い込まれていく。  「荷電粒子砲を撃つきかよ!! それでもこちらが先ならば。」    残り2度。    竜の口が光に溢れる。    「ここまでかよ くそ!!」  突如傍らから物音がした。 なにかが青白い炎をあげながら高速で飛び立っていった。     「まさか」  ダメージの受けすぎで、もう動けないはずの――――――いやそれ以前に無人のはずの――――― ―――――ブルーセイバーが飛び出したのだ。  ブルーセイバーは一直線に―――――――竜の巨大な口に飛び込んでいった……………。  ブースター最大出力で―――――――戻ることも辞さず―――――振り向かず。  ―――――――それはまるで―――――――まるで一迅の―――神風。  いや『蒼い剣』。    しかしその『蒼い剣』は巨大な竜の顎によって止められた。   そして直後ブルーセイバーは――――爆炎と共に―――――噛み砕かれた。  「ブルー………セイバー…………」  計器は43度を示した。  爆発的な推力によって、飛び立つ。  一直線にエレベーターを突き進む。  「スラァァァァアァッシュッッッッッダイバァァァァァッッッッッッ!!!!!!!」  竜の頬を掠め片腕と片羽をもぎ取り、地上に飛び出す。  狭い通路の中で攻撃を回避できないのは竜も同じだった。  初めての直接的なダメージにより竜は叫びのたまう。  また竜は突っ込んだ状態のまま情けない声をあげ続け。  致命的までの衝撃に、竜は突っ伏したまま動かなくなった。  レイは竜に目もくれず通信をとる。  「課長聞こえるか!?」  「………レイか!? 無事なんだな!?」   「ああ俺はな、それよりフィーたちは!?」  「確認は取れていないがおそらくは無事だ、後ほど回収に向かう」  「いや俺が今すぐに回収する。あんたはもう脱出したのか?」  「ああ、では社より離れた地点で、2機とも収容する。 竜はどうだ?」  「まだそこにいる、しかし暫くは動けなさそうだ。」  「そうか、ではできる限り早く撤退してくれ」    ブルーセイバーが庇ってくれなければ確実にやられていた事は明らかだった。   そして彼は竜に破壊された。   レイの心に熱いものがこみ上げる。   愛機を失い、かえる場所も失い、何もかもめちゃくちゃだ。   あぁ早くフィーたちを迎えに行かなければ、またあの竜が襲い掛かってくるだろう。     竜に蹂躙され、破壊され、瓦礫と化したビル郡、そしてさらに焔がひしめき合っている。 沈みいく夕日、茜色の空に、その橙の刃は陽炎を纏い朱色に染められていた。   ≪リヴァイアサン≫ それは世界の終末に降臨するという獣の名。 あらゆる獣の特徴を併せ持ち、全ての獣の頂点に君臨するという。 鱗は盾のように堅く、 木、石、青銅、鉄などいかなる材料からできた武器もその 鱗を通すことはできず、 眼は朝日のように光り輝き、多くの牙を備えた口からは灼熱の如き炎を吐く。 心臓は石でできているかのように堅く、また身を震わすと大きな振動が起き、海を煮立たせ、通った跡に光る道を残す。 その災厄をもたらした竜の名は、特徴的な外骨格と圧倒的な力から彼の竜は後ほど、 《バスタークラス》≪魔甲竜≫と名づけられ、または終末の獣に因(ちな)み≪リヴァイアサン≫と呼ばれた。