例えばそれが運命ならば、            今度は私が占ってみせよう       或いはそれが筋書きならば            それをも私は改竄しましょう       それともそれが宿命ならば            その時までは私は贖う         それでもそれが避けられぬなら            私は舞台から飛び降りよう                                 竜滅のツルギ  第0話  "星を見る人"     見慣れた雑踏、見知らぬ人々が行き交い、人ごみの中に消えていく。  忙しそうに、或いはのんびりと、取り留めのない時間の中をお互い知らぬまま  通り過ぎていく。  巨大なビルに切りとられた空を退屈そうに、男は天を仰ぐ。  眩しい青空。 網膜に焼きつきそうなさんさんとした太陽に左薬指の指輪を掲げる。 白い椅子に腰掛けていた男は、その銀色に光を反射させながら小遊びを楽しんで いた。  (洗濯物を干してくればよかった、予報だと今日は曇るとか言ってたクセに)  (いや、もう洗濯をする必要もないんだったな。)  喫茶店(カフェ)の屋外席、真っ白いテーブルに添えつけられた真っ白い椅子、  真っ白いカップにはまだ湯気の立ち上っている漆黒のコーヒー。      すぐ近くのテーブルには真っ赤な衣装(ドレス)をまとった優雅な金髪(ブロンド)  の女性、向かいの席には白い衣装(シャツ)の男性。    何か痴話喧嘩のようだが、特に興味がなかったので男には聞こえない。  退屈な日常、変わらない生活、無常に過ぎる毎日。  ただその時間ももうすぐ終わる。  しかし男の生活は既に変わっていた。  左薬指にはめられた銀色の指輪(リング)。  最後の日常(シャバ)で大切な人に挨拶をして来いとの命令だった。                 少しおかしな命令だったが、これからの毎日を考えると納得がいく。  これまで何度となく危ない橋を、危ない任務をこなしてきたがこれから、就く  任務は彼の今までと比にならないものであるという証拠だ。  もう日常(ここ)には戻って来れないかもしれないという、覚悟にも似た諦めを。  日常には何も悔いを残すなという事だそうだ。  しかし残念な事に彼には最初から日常(ここ)には未練がない。  非日常(あそこ)が彼にとっての日常だと、彼はそう考えていた。  最初から未練のないものにどうして「さよなら」を告げれようか?  その言葉は未練を断ち切る、或いは変に引きずらない為に使うものだ。  まして大切な人など....。  もう一度薬指の指輪(リング)を覗く。  光を当てるでなく、今度はその色を確かめるかのように。   左後方のカップルを盗み見る、女はまだ興奮していて、男は申し訳なさそう  に頭を下げていた。         「幸せそうなんだな...。」           ・           ・           ・           ・           ・           ・           ・           ・           ・             風が止んだ。    朝からうるさく吹き続けていた風が止んだ。       街を行く人たちはいつものように他愛もない会話に花を咲かせ、買い物を楽しみ、  何の不安も抱えてはいない様子だった。   そうだ抱えるはずもない今日は何の変哲もない日曜日。   皆が楽しみにしていた日曜日、皆が一様に働き続け、その報いとしての休息   の日。    天地創造の神でさえその日は安息の日として、その日に体を休めるという...。             ああそうか         だからか     今日は神さまお休みだったんだ。       今日は新Zi暦999年8月18日           ・           ・           ・           ・           ・           ・           ・           ・           ・           ・           ・           ・           ・  「ではその日見た出来事を報告してもらおうか?」    黒縁眼鏡の男性が問いかけ  「ある程度は識っているんだろ? あまり答えられる材料はない」    もう一人の男は答える。  「君はあの日から3日間眠り続けた。 此処の人間は皆君が目覚めるのを待っ   ていたんだ」    と尋問官、そのまま続ける。  「H(ハライソ)シティ、楽園の代名詞、それがどうだ、午後2時23分24秒   を境に楽園は地獄に墜ちてしまった。」      「これが8月21日午後1時23分付け、つまり最新の報告書によると 死者224人 行方不明者およそ26万人だ。 知ってる事を話してくれ」    被尋問者たる男が答える。  「えらく滅茶苦茶な報告書だ、おおよそ死体も全員分は見つかっていないんだ   ろ?」  「ああ、正直誰一人としてパーツのそろった死体が見つかっていない、死者の   数も、いい加減だなもんだ、一人を二人としてカウントしているかもしれない。   まあそんな事よりもどういう意味かわかるか?」  「ああやっとわかったよ つまりハライソは全滅。そして俺が、」  「つまり君が唯一の生存者だ。」  「さあ話してくれたまえ、3日前一体何があったのか、そしてあの『天使』は何なのか....。」     男は押し黙った。   これからどのように、どう答えようか考えている様子。   やがて紡ぐ言葉が決まったらしく。  「簡潔に答えよう。まず街の北側の山から光の柱が立ち、山が割れた。」  「そこまでは知っている。」  「まず、誰かが噴火するから避難しろとか言っていた。」  「前置きはいい それから?」    「殆どの人間は山とは反対の方に逃げた。」  「それから?」  「俺は人の流れとは逆の方向、つまり山のほうへと向かった。」  「そこでか?」  「噴火の予兆にしてみればおかしかった、そうは思ってはいたが何故逃げなか   ったのだろうか、自殺願望もないくせに、 いや違うな脚が勝手に向かって行っ   たんだ、それこそ何かに導かれるかのように」  「『天使』に導かれたのか?」  「そうかもしれない、事実山の割れ目付近ですぐに『あれ』を見つけることが   できた。」  「ではその『天使』の仕業だったのか?」  「いや、発見後すぐだった、"そいつ"が姿を見せた。」  「その姿は?」  「俺ですら驚いた、まさか"あんなもの"が存在しているとは。」  「どんな奴だったんだ?」  「白い体躯 白い翼 恐ろしく巨大だった。 はっきりとは確認できなかったが   多分200mはあったと思う。 その姿は、伝承や神話に登場する・・・」  「"竜"の姿だったんだな?」  「ああ」  「続けてくれ」  「俺は『あれ』に駆け込んだ、直感で人間が操縦するものだと思ったからだ。」  「そして『その機体』に乗って逃げたと?」  「正確には俺が乗ったとたんに飛びたった、自動操縦の類だろう」  「自動操縦か....妙だな、自動操縦で此処まで来られたか?」  「いや、途中で・手動操縦(マニュアル)に切り替わった・・・・・・それから   俺はここが一番安全と判断したからだ」  「ふむ、しかしあまりにも都合が良すぎているな? いやおかししすぎる」  「ああ、だがこれが俺が見たこと聞いたこと全てだ。」  「山から突然竜が現れ、そこから白い天使が飛び立った、と。   はい、わかった、大体の事は分かったよ。ご苦労だった。いや少し休んでくれ。」                   「ああ 悪いな」                ・                ・                ・                ・                ・                ・                ・                ・                ・                ・                新Zi暦999年8月18日        異端の教皇の号令によって、運命の輪は輪転する。           目覚めた滅びの星々と忘却の皇帝            残された正義が見届ける。