前編  その夜は本当に寒かった。とても夏とは思えないほどに。 軍人である彼の任務はザイロン基地周辺の哨戒。ここ数週間は平和なものであった。今のところは。 今日も今日とて、相棒のレオブレイズに乗り込み任務をこなす。退屈な仕事であるが、決して不要なものではない。 ここはザイロン軍事基地。アースガルド王国の広大な領地の辺境に位置する。 「奴ら」の出現以来、軍事予算枠は大幅に拡大され、各地に新たな基地が建設されることになった。 ここはその中のひとつである。 とはいえ、緊張感とはそう長く続くものではないものである。彼もそろそろ、眠気を覚える頃合であった。その夏と思えない寒さゆえに付けた暖房も手伝ったのだろう。 今晩は冷えるから交代の時間になったらコーヒーでも飲むか、と考え始めたときである。 不意に地面が揺れた。 かなりの震度である。眠気は一瞬で消え、彼の意識を呼び起こした。 彼の20年半ばの人生で地震はそれほど多く経験しているわけではないが、間違いなく大規模な地震なのではないだろうかと判断した。 数分間大地を揺らした地震が止まったとき、彼はその原因を理解することになった。 地を割き、天を突く其れを――――。 地割れの中から出てきたと思しき、巨大な構造物である。 直径はおそらく500mを超えているだろう。高さは判別できない。その物体はあまりにも巨大であり奇怪であり醜悪であった。 我々はそれを如何に例えるべきなのか。しいて言えば。 それは城砦。8角形の城壁で守られ中心には巨大な塔が聳え立った城砦である。 しかも、僅かながら移動しているように見受けられた。 余りにも突飛過ぎる事態に見舞われた彼は自らの顔をつねってみた。痛かったようだ。夢なのかと疑ったのだろう。 外気温計は更に温度の低下を示し、キャノピー自体が凍結しつつあるようであった。言うまでも無く異常現象、いや超常現象と言ってもいいかもしれない。 先ほどまでは見えていたあの城砦が見えなくなってきた。この機体は寒冷対策などされてはいない。それゆえの不具合であろう。 巨大なものとはそれ自体が原初的恐怖である。その夜が冷えていただけかもしれないが、彼は自分の体温が瞬く間に下がるような恐怖を覚えた。 だが、これが何なのかを見極める義務が彼にはある。懐から無線機と暗視スコープを取り出した。最後に頼れるのは自分の目だ。 コクピットを開いて頭を出した。直接視認ならばおそらく確実だ。すると。やはりそれはゆっくりとだが移動している。 古代の建造物なのか?それにしても不恰好だ。特にあの塔。どれほどの高さだろうか。 見れば見るほどに彼の理解の範疇を超えている。どう考えても夢や見間違いではない。となれば、基地へと報告すべきだろう。 ―――その夜は本当に寒かった。無線で基地へと目の前で起こった出来事について連絡しようとしたときである。 声が出ない。喉元を押さえる。気づいた。いつの間に、自分はこれほどまでに冷たくなっていたのか。 寒い。そして呼吸ができない。その2つの出来事は彼を混乱へと導いた。 もう一つ、彼は今頃になって気づいた。あの塔は、塔などではない。これは、首だ。とんでもなく巨大で長い首だ。なぜ分かったかって? 塔があんなにうねるものか。塔に顔がついているものか。 その顔が彼に近づいてくる。誰の目にも明らかなことは、彼の命がこれまでだろうということだ。  新Zi暦1000年7月2日。 本来ならば、本年はミレニアムイヤーという記念すべき年として人々に記憶されていたはずであっただろう。 しかし、1年前、世界は大きく変わってしまった。 竜―――。 かって人類が開発し、戦争に用いていた超兵器。はるか昔に絶滅したと思われていた其れは、滅びてなどはいなかったのである。 もっとも、絶滅したとされるのは表向きの話であり、実際にはごく少数の竜が未開の地での存在が確認されていたのだが。 その勢力は決して人類に仇成す程度のものではなかった。だが、奴らは真の意味での復活を遂げた、 奴らは文字通り地獄、遥かな地の底より蘇ったのだ。人類を十分に滅ぼすことができるほどの大軍勢を率いて―――。 新Zi暦999年8月18日、アースガルド王国の「ハライソ」という都市を滅ぼした奴らは世界各地へと拡散、恐るべき脅威となって被害を齎した。 対策に追われる事になった王国軍と竜との戦闘は1年近く経った現在でも続き、未だに終わりが見えない。 そして、王国の西部に位置する人口4万人弱のカルニゲル市。いや、位置したというべきか。 竜の襲撃で僅か一夜にしてカルニゲル市は壊滅した。 カルニゲル市が炎に包まれ軍が駆けつけたときには既に時は遅く、かっての街は瓦礫と化し、その中心に巨大な穴、辺りにはそこから出てきたと思しき大量の竜が跋扈していた。 史上最悪の竜災害の象徴であるファーストホール。それを想起させる惨状であった。 残骸と焼け焦げた死体が散らばった其処はまさに地獄。調べるまでも無く、生存者は皆無だった。 だが、この街のいくつかのシェルターは無事だった。竜の出現以来、街の各所には複数のシェルターが施行された。これにより竜の襲撃を受けた際の民間人の生存率はかなり引き上げられることになった。 しかし。救出のためそこに立ち入った人間が見たものは更なる地獄。 ここでも生存者はゼロ。女子供若者老人全てに至るまで死に絶えていた。異様だったのは苦悶の表情を浮かべた遺体の山。そして凍りついたかのように寒い室内だった。 その様相は尋常なものではなかった。なぜ複数のシェルターで同じように?今は夏である。それに凍死の原因になるようなものはどのシェルターにも見当たなかった。 遺体を解剖して判明したのは肺などの呼吸器系統が麻痺したことによる呼吸困難、そして体表面の急激な温度低下による凍死であった。 この街の住人は猛烈な寒さと呼吸困難の2つに襲われ命を落としたということになるだろう。 その原因が分かるのはもう少し後になる。  王国領ワイザルカ。ここは自然豊かな王室所有の広大な土地であり、ここの城は平年は避暑のための別荘などとして使われていた。 しかし、竜の出現以来、表向きは放置され使用されることはなかった。あくまで表向きは。 謎の金属音こだまするワイザルカ城の公園、そこで一人の男が通信機を使って話していた。 一見不思議なことは無いが、背後では原因不明の金属音が鳴り続けていた。その点においては異様かもしれない。 「そちらの具合はどうですか?先輩」 「ルシオよ、休日なのに仕事熱心なことだ。どうもこうもない。雑魚の竜どもを片付けて、生存者を探していた所だ。」 「休日を無理やり取らせたのは誰でしたっけ?では、街は放棄するんですか?」 「だな。どっちにしろ竜穴は塞がなければならんが、もうここには何も無い。爆破作業したところで何も変わらないだろうな。」 「生存者は・・・絶望的でしたか。シェルターに逃げ込んだ人たちも・・・。」 「駄目だな。部隊総出で探したんだが・・・やはり誰一人生き残っては無かった。全滅だ」 「そうですか・・・。」 「しかし今回のは酷すぎる。シェルターに逃げ込んだ人間まで助かっちゃいない。」 「竜が化学兵器でも使ったんでしょうか?でもシェルターは大抵の毒ガスを除去するフィルターが備え付けられてますし、違うのかもしれませんね」 「もしかしたらフィルターでも防げないような手段だろうな。詳しくは明日の会議で分かるだろう。俺は現場に戻る。」 「はい」 ルシオと呼ばれた男は通信を終了し、先ほどから聞こえている音が出ている方向へと向き直った。 彼が聞いた惨状はあまりにも酷かった。この時代、街が一つ消えていくのは最早珍しいことではない。 主な原因は2つ、疎開による人口流出が起因の統廃合や単純に竜による攻撃などによる壊滅である。今回は勿論後者である。 彼はあまり怒りを表に出さない性質ではあったが、今回の件については相当な憤りを覚えていた。 彼がこの1年戦ってきた間、あまりにも多くの血が流れてしまった。それも大多数が身を守る力を持たない国民である。 今回もそれを防ぐことは出来なかった。きっと防げる手段は無かったのだろう。だが、それが悔しい。 あまり思いつめても仕方ないと、彼はひとまず気持ちを切り替える。彼には察しのいい友人がいる。悟られてはいけない。 休みを貰ってはいたが、カルニゲルの件のことを考えるとそんな気分ではなくなっていたので彼は早く基地に帰ろうと思い始めていた。 此処では今日も今日とて其処では激しい金属音が聞こえてくる。 まるで工事か何かと勘違いしそうであるが、そうではない。この金属音は、鋼の剣がぶつかり合う音だ。 果たして、今日で何敗目だったか?とルシオ・ランスティングは思案した。 100から先は思い出せないが、彼女が勝てたなら、その1勝は忘れないでおこうと思っている。 記念すべき初勝利を見れるのはいつになるのか―――? ワイザルカの広大な森林の中、一つの大きな城があった。それが王室の別荘である。その様子は竜の出現前と2つの事を除いて特に変わったことはない。 まず違うことは、城の周囲の公園が、現在では裏地は広い荒地と化していた。まるでそこで戦争でもあったかのように。 そしてもう一つ違うのは。その場に存在する巨大な2つの巨人である。無論人間などではない。一方は倒れ、一方はそれを助け起こそうとしている。 Humanoid Blox・・・。この世界における巨大人型機動兵器である。本文中では今後HmBと略すことにする。 倒れている華奢な巨人はメイデン・シュバリエ、それを今起こした巨人はズィルバーン。いずれも王室保有のHmBである。 ルシオがそこへ近づいていく途中、男と少女の争う声が聞こえてきた。彼らはそのHmBの操縦者である。 「いい加減にしろラティス。今日の訓練はここまでだ」 「あと1回!あと1回でいいの!次は多分勝てるから!」 銀髪の少女は引き下がらない。男は途方に暮れた。 男は今は少女の従者であり、あくまで彼女が主である。彼女の命令は余程のことがない限りは絶対である。何故なら、彼女はこの国の王女なのだから。 だが、彼女はそろそろ休まねばならない頃合である。しかし彼女は休まないと言い張るのだ。男にとっては困ったことである。 このやりとりを最近はほぼ毎日のように繰り返していた。彼自身は既に飽きている。再戦を求むる少女の言葉は既に耳に入っていない。 まさしく、男はこの事態を打開するものの到来を待ち望んでいたのである。 そして。待ち望んでいたものが来たことに気づき、その男、アランはルシオに助けを求め。即刻断られた。 『断るな!』とアランが目で訴えていたので仕方なく彼は助け舟を出すことにした。 「やあラティス。相変わらずいい負けっぷりだったね。」 ラティスと呼ばれている少女は露骨に不機嫌そうになり「ルシオ・・・。久々に顔を見せたと思ったら、嫌味を言いに来たの?」と言った。 ルシオとラティスはある縁により旧知の仲であった。この国でラティス相手に気軽に話せる人間は彼女が王女という立場である以上は当然多くは無い。 「いや、褒めてるんだ。前よりも確実に成長している。驚くべき速さだ。ただ、今日はもう休んだらどうだ?」 「私はまだ疲れてません。アランとの再戦を要求します」 そうは言うものの、ラティスの額には汗が浮かび、今でも肩で息をしている。疲れているのは明白であった。休息は必須である。 彼女がある理由により常人の数倍の密度での訓練をこなすようになったのは半年以上前からのことである。理由が理由とはいえ、反対する声も少なくなかったが、彼女自身の強い希望もあってこの訓練は始められた。 ラティスの並々ならぬ努力によって、その操縦技術はかなりのレベルに達していたが、未だに彼女はアランから勝利を得ていない。負けず嫌いな彼女は必ず彼から勝利をもぎ取ると誓っていた。 彼女が勝てない理由にはラティスの相手をし続けていたアラン自身も成長していたからというのもあった。今やアランの操縦技術も非常に高い域に達している。最早彼に勝てる相手など今や数えるほどにしか居ないだろう。 その為かここ最近はラティスは自身の成長を実感していない。実際体の方もあまり成長は芳しくないとルシオは思った。身長がほとんど伸びていなかったからである。精神的ストレスは体にも影響するのだ。 最近そういった様々な要因によってラティスがイライラしていると聞き、ルシオは休みを与えられてここに来させられたのだ。 実際、普段とても素直なラティスが非常にしつこくなってアランの手を焼かせている。困っている友人のためにも手を打つ必要があった。 その手とは。 「分かった。今度3人でラ・イハエトスに行こう。だから、今日のところは休んでくれないかな。」 ラ・イハエトス。それは、王国内最古にして最高級の菓子店である。この店のケーキは特に、王国のみならず国外からも客が買い付けに来るなど、絶大な支持を得ている。 ラティスも例外ではなく、その店のケーキが大好物であった。ただし、ここ数ヶ月ほどはご無沙汰であるとルシオは記憶している。 「う・・・。わ、私をそんな餌で釣れるなんて思わないで!」 「食べ放題だぞ〜。あの舌の上でとろける甘さ、忘れたことは無いだろう?」 「うぅ・・・。でも、食べ過ぎると体重が・・・。た、体重が・・・。」 ラティスの理性が歯止めを掛ける。王女といえども10歳の女子。自分の体重が気になり始める年頃であったが、次の一言でそれはあっけなく崩れ去る。 「ちなみにアランが奢る。」この言葉と同時にアランが傾いたような気がしたがルシオは特に気に留めなかった。彼は鈍感であると人によく言われている。 「なら行きます。・・・近いうちに、絶対。」 少女は今日初めて見せる笑顔で答えた。多少の復讐心もあったのだろう。とりあえずアランを助けることには成功したのだ。 背伸びしていてもまだ子供だなあ、とルシオはしみじみとした。ラティスの甘いもの好きは熟知している。彼にとっては王女さえ簡単に手なずけられるのだ。 しかし。ふとアランを見るとまたしても嫌そうな顔をしていた。果たして、彼は何が不満なのだろうか。 シャワーを浴びに使用人を伴ってラティスが去った後、ルシオは話を切り出すことにした。 「アラン、済まないが僕たちはまた暫くラティスの訓練に付き合うことが出来なくなった。」 「ということは・・・」 「そうだ。またラティス連敗記録の更新をしてもらうことになる」 アランは肩をすくめて答える。 「勘弁してくれ。正直飽きている。それはともかく、今回はどこへ出るんだ?」 「それはまだ分からない。ただ、確実に近いうちに出撃はあるだろう。準備のためにも今日は早く戻ろうと思う。」 どうして分かる、といぶかしむアランにルシオが答えた。 「ザイロン基地壊滅の話は覚えているな。それと今回のカルニゲルの件。僕はこの2つの事が無関係とは思えない。必ず繋がっているはずだ」 「ザイロンの方にはお前は行ったんだったな。その時の状況に似ているって事か。」 ルシオは頷く。 「つまり・・・竜絡みか?」 「多分ね。それも、被害規模から察するにこれまで相手にしたことがない程の強敵だろう。今度は何とかして止めないといけない。」 「そうか・・・あまり思いつめるなよ?」 やはりこの友人にはお見通しだったらしいとルシオは苦笑した。明るい声で答える。 「勿論。ラティスの初勝利を見るまでは僕は負けるつもりは無いよ」 「ふん。それは永遠に見れないと思うがな・・・」 「いや、半年以内にラティスが勝たないと僕は賭けに負けることになるんだ」 「は?」 「先輩とか仲間内でアランがいつ負けるか賭けてるんだよね。僕はあと半年以内の負けに賭けてるんだ」 「・・・」 アランがこの辺りで何も喋らなくなって来たが口数が多いほうではないので黙っているだけだろうとルシオは思った。 「でも、先輩は負けるの分かってるのになぜか明日アラン負けるって毎日賭けるんだよね。なんでだろう?んじゃ僕は行くよ」 ああ、と短く答えてルシオを見送ったアラン。とりあえず彼は今度その先輩、エグゼムスを殴っておこうと思った。  ルシオ・ランスティングがワイザルカへと赴いた次の日のことである。   王国軍ハイアス駐屯地。ここも竜出現時に新たに建設された施設であった。ここは対竜特殊部隊の拠点でもある。 対竜特殊部隊とは、文字通り、古代の兵器・竜を同じく古代の兵器・HmBを以って制するという目的のために創設された部隊である。 竜の出現に際し、かっての大戦で使用され保管されていた王国所有のHmBの封印を解除。対竜特殊部隊の戦力として組み込むことになった。 古代HmBは特機HmBとも呼称され、竜を相手に絶大な威力を発揮。実質的に王国軍最強の部隊となっている。 並行して過去の遺産を解析し製造された新たなHmBの運用評価なども行っていた。いずれはHmBが現行兵器に再び取って代わる日も近いと噂されている。 基地内会議室。既にメンバーは揃っている。 既に軍内部ではザイロン基地とカルニゲル市の唐突な壊滅について話題になっていた。様々な憶測が飛び交ってはいたがどれも眉唾なものばかりである。 隊員はこの件についての説明を期待していた。そして、それは直ぐに叶うことになる。 会議室に入ってきた2人の人物。片方は対竜特殊部隊隊長マグナ・ピニッド、もう一人はその副官であるユイラン・リーズレンである。 常にマグナの口数は多くなく、単刀直入に話を始める。それは今回も例外ではなかった。 「おそらく、皆検討は付いているだろうが、今回の会議はカルニゲル及びザイロン基地を壊滅させた原因について説明するために召集した」 「一応聞くがただの天災とかじゃないよな?」 エグゼムス・ザフライトが口を挟んだが直ぐにユイランに否定された。無駄な時間を取らせるなとでも言いたげな眼で彼を睨み付ける。 話の方向を戻すべくルシオが発言する。 「種明かしを頼みます、ユイランさん。」 「まずは、現場での気温低下から説明させていただきます。」 会議室のパネルに画像が表示された。ユイランが写真をそれに順々に表示させて説明していく。 「被害に遭った2箇所の周辺で共通の現象、気温低下による植物の枯死が確認されました。」 「そしてカルニゲルではシェルターに避難した市民が呼吸停止及び低体温で命を落としています。ザイロン基地でも同じように一部が凍結した遺体が確認されています。」 季節は夏。そんな現象が起こることは常識ではありえない。だが。 「その原因は・・・脱熱型ナノマシンです。これにより現場周囲のあらゆる物体は熱を奪われたものと考えられます。」 聴きなれない言葉に隊員達はどよめく。この言葉についての知識を持っている人間は限られている。その一人であるルシオが口を開いた。 「ナノマシン・・・まさか・・・あのナノマシンですか?」 そうです、とユイランは答える。 「現場をブレイズクイーンで調査したところ、ナノマシンの残滓が発見されました。状況から推測するにこのナノマシンに触れた物体は内部の熱を外部へと放出させられた、と考えられます。この微細機械はシェルター内にすら侵入し、避難民を死に至らしめました。」 隊員の一人がナノマシンについて説明を求めた。 「古代に使われていた技術です。超微細なマシンで様々な技術に応用可能でした。私たちの機体専用リペアタンクにも使われているのだけれど・・・大気中で作用するようなものは過去ですら作るには至っていないらしいです」 特機HMBの修理には特殊な機械・リペアタンクが使用される。見た目は巨大な水槽であり、内部は特殊な液体で満たされている。 その中にはナノマシンが泳いでおり、同じく溶け込んだ金属イオンなどを利用して機体の修理を行うのである。オーバーテクノロジーの塊である特機HMBは通常の修理が出来ず、この装置を使う必要があるのだ。 「んじゃ何か?俺たちの機体のように、昔の兵器か何かが漏れたりした事故なのか?」 エグゼムスが呈した疑問をマグナは否定した。 「違う。この件はやはり何らかの竜が関わっている。そして、ある程度検討は付いている。」 「何ですって?」 「それは一体何だ?どんな竜だってんだ?」 彼らはとうとうその名を知ることになる。後に最強にして最悪の敵になるその竜の呼称を。 「フォートレス・・・。上層部ではそう呼んでいます。」 「フォートレス・・・要塞ってことですか?」 「ええ。文字通り、数百メートルを超える要塞のような巨大さの竜だと言われています。私もまだ見たことは無いですが。」 「ザイロンとカルニゲルをやった奴がナノマシンを使っているってことは・・・」 「そう。フォートレスは大気中で作用するナノマシンを使用していることが確認されています。だから、その2箇所を襲ったのは間違いなくフォートレス級の竜です。」 その能力はフォートレスの個体ごとに違うらしい、とマグナは注釈する。この部隊には交戦経験は無いが、他部隊でいずれも多大な被害をフォートレスにより受けたことが語られた。 軍内部で緘口令が敷かれていたのだが、今回この部隊がフォートレスと交戦することになっており、とうとうそれを明かしたのだ、と続けた。 「ただでさえ大きいのに、そんな能力まで持ってるとは・・・化け物だな」 隊員の誰かがそう口を漏らした。竜の戦闘能力は基本的にその大きさに比例する。単純に大きければ強い、と実に分かりやすい。 だが、この部隊が交戦した竜は大きくても100mオーバーが精々。数百メートルともなるとそれは未知の領域である。化け物以外の何者でもないだろう。 「どうにかそれを放出している竜を事前に探れないですか?」 ルシオの質問にユイランが答える。 「おそらくは、フォートレスが地表を出るときにそれが先んじて地表に漏れ出して気温が低下すると予想されますね。観測を怠らなければ必ず察知出来る筈です。」 「もう一つ聞きたい。その奪熱ナノマシンはコクピットを通過するのか?シェルターの防毒フィルターの効果が無かったんで心配だ」 ユイランは次のエグゼムスの質問にも答えた。 「水中で活動できる程度の気密装備は必須ですね。同時に寒冷地対策の調整も行えば対処可能なはずです。私たちの特機HmBは勿論大丈夫です。」 この世界では1年前から信じられないことばかり起きている。今度は数百mの竜。人類にとって明るい話ではないことは確かだった。 とにかく人類にとって不利な話題には事欠かない。この部隊内だけでなく軍自体に厭戦感情は広がりつつあった。 「全く、この世に神が居ないことだけは信じられそうだ。そんな化け物がいるなんてな。勝てるのかそんな奴に?」 1年という戦闘期間。無尽蔵とも思える竜の物量。講和など成立する相手ではないということ。こういった弱気な言葉も出るの仕方ないといえば仕方ないのかもしれなかった。 「ですが・・・もし、たった1匹の竜に4万人以上の人間が殺されているのなら、それを許してはいけない筈です。絶対に止めなければ。」 ルシオのこの言葉にマグナは頷いた。 「そうだ。奴らには民間人も軍人も区別は無い。これ以上、犠牲を出してはならない。何としてでも、その竜を倒す。その為に皆の力を貸してほしい。」 そう。竜による理不尽な暴虐を食い止める。その為に彼らはここに居るのだ。 竜がいる以上戦いが続くのならば、戦いとの共存ということについて考える時期なのかもしれない。 その後断片的な情報を基にしてのフォートレス対策が練られ会議は続いていった。彼らの努力は果たして実を結ぶのだろうか。    正確な場所は定かではない。 地下深く、潜行するこの物体。彼にはまぎれもない自我があった。 それは余りにも獰猛。あらゆる他者の存在が許せず、全てに憎悪を抱いていた。 目に入ったもの全てが敵。彼の世界は余りにも簡単すぎた。自分と敵。たった2つの概念。 知っているのはこの2つのみ。それ故、地獄の業火の如き怒り、それを鎮める術を彼は知らない。そして、その理由さえも。 きっと彼の熱は自身を焼き尽くしかねない物だったのだろう。無理は無い。四六時中その体躯には怒りが煮えたぎっていたのだから。 だから彼は―――。  対竜特殊部隊の主力量産機ポーン・チェイサーの改修作業が進められていた時のことである。 電子戦に特化したHMBブレイズ・クィーンを駆るユイランは無人哨戒機を遠隔操作し地表の温度変化を見張る任務を受けた。 もし、ザイロンやカルニゲルを壊滅させた原因・フォートレスが現れるなら必ず変化があるはずだと。 そして、その読みは見事的中することになった。 新Zi歴1000年7月7日15時32分、とうとうカドコ市周辺にてフォートレス出現の予兆とされる気温の低下が観測された。 この報告はすぐさま関係各位に伝達され、対竜特殊部隊が動くことになった。 ハイアス基地。マグナ部隊長より部隊員へと命令が下された。 「先に行け、エグゼムス、ルシオ、サーベラ。我々も後で向かう。ユイランは遠距離からデータサンプリングを頼む。」 今回の敵、おそらくフォートレスは謎が多い。いずれの出現時も奇襲であり、生存者も無く、その戦力がどれほどのものかは計り知れない。 上層部は王国が保有する機体の中でも最強クラスのHMBならば、それを窺い知ることも可能だと判断したのである。 基地内格納庫。命令を受けた3人とその乗機は基地より飛び立った。 各々の乗機はルシオは黒い特機HMBクォーツ・ジャック、エグゼムスは白い特機HMBマサクゥル・ジョーカー、サーベラは華奢な特機HMBクロガネヒメである。 飛行するマサクゥル・ジョーカーの脚部を掴み、ぶら下がるクォーツ・ジャック。お世辞にも格好いいとはいえない。 明らかに空力に反した体勢であり、速度などとても出そうにないが、これでも十分に音速を超えた速度での飛行を可能とする。 マサクゥルを包む力場、エネルギーシールドが無理やり空力に適した形に変形することでそれを可能とするのである。 細身でいかにも速そうなクロガネヒメはともかく、それと同じ程度の速度で飛行しているマサクゥルはかなり異様であると言わざるを得ない。 この輸送方法についてはエグゼムスもルシオも疑問を抱いており、どうにかならないものかと常日頃不満には思ってはいたが、未だに代替策は見つかってなかった。 「ねえ先輩、どうにかなりませんかこの輸送方法・・・」 「何度目だその質問。俺だって嫌だよ。なあサーベラ、たまにはお前が運んでくれないか。」 「駄目ですよ。私の機体じゃあクォーツなんてとても運べませんもの。」 「ホエールキングをうちの部隊に回すと言う話はどうなりましたか?聞いたのは大分前ですが」 「まだ改装と調整が終わっていないらしいわ。もう少し掛かるようです。」 「全く、1機の輸送だけでも結構こいつはエネルギーを食うんだ。早くその艦が欲しいな。」 彼らの話題に出たホエールキング、それも過去の遺産である。輸送と速度と攻撃力のバランスに優れた高性能戦艦であるが、発掘されたその多くは未だに修理が終わっていない。 それさえあれば竜との戦いにおいては大きなアドバンテージとなる存在である。彼らがその配備を望むのは当然のことであった。 そうこう話しているうちに、早くもカドコの街の光が彼方に見えてきた。今回は既に避難警報を出している。 軍の誘導に従い、人々が街から脱出し始めているようだ。奴の出現までには間に合ってほしいのだが・・・と誰もが思っている。 だが、比較的人口が少ないのが幸いしたのか。何とか全市民の脱出に成功したとの連絡が入った。 周囲の温度は依然下がり続けている。街路樹が枯れ池の水に氷が張っているのが見えた。予想されてはいたが、あまりにも不思議な光景だった。今は夏だというのに。 確実にそれは来ると分かっていながらも、もどかしくも緊張させられる時間が流れていく。 待つこと20分弱。 局所的な揺れが街を襲った。原因は既に分かっている。大地が揺れとともに裂けていくのが見える。やはり間違いない。 遂に、街の中心部からそれは沸いて出てきた。人類によりフォートレスと名づけられし竜が。  其れと相対した3人はその姿に圧倒された。 なるほど。八角形の城壁。中心に聳え立つは無数の節で構成されたかのような堅牢で巨大な塔。確かに城砦に見える。 ただし、その八角形の頂点の下にそれぞれ足が。塔の上部には翼が。そして頂上には醜悪な顔があることが確認でき、まぎれもない竜であることが分かった。 彼らが今までで遭遇した竜の中でも最大の大きさ。噂に聞くあのファーストドラゴンよりも大きいのではないだろうか。 奇怪、奇異、奇抜とこの化け物を語る言葉に枚挙は無い。この化け物が奪ったのだ。幾万もの人間の命を―――。 3人は多少は躊躇したが、自分たちの機体の数倍ある竜を相手にすることは珍しくは無かったため、すぐに立ち向かう気になった。 そう、大きな竜を相手にすることは決して初めてではないのだ。ただ、今回の相手が今までで最大であるというだけである。 竜の出現する穴は竜穴と呼ばれる。基本的に発生原因は特定されていないが、カルニゲルの竜穴はおそらくこの竜が出現したせいで発生したのだろう。 今回も例に漏れず竜穴が出来ている。おそらく、フォートレスレベルの竜ならば地下から出てくるだけで竜穴を作れるのかもしれない。 本来ならばすぐにでも雑魚の竜が出てきそうなものであったが、なぜかその姿は始終見えなかった。 この件に関しては後の調査で下級の竜はフォートレスを恐れる性質を持つことが判明したことによって説明された。 「さて、奴に挨拶をしないとな。挨拶は大事だ。挨拶は。」 エグゼムスはすぐさま攻撃に移ろうとしたが、出鼻を挫かれることになってしまう。 各々の機体のセンサーが警告を発していた。この反応は―――。 「残念ながら、挨拶は向こうが先にするようですね」 3機の機体のサーモグラフが捉えたフォートレスの熱反応。 それは尋常ではなかった。今まで何も反応の無かったあの巨体がほとんど真っ赤になっている。それも、無数の赤い点によって、である。 あまり考えたくない予想だが、考えさせざるを得なかった。 攻撃の前触れだろう。3機は高速でその場から遠ざかる。 刹那、フォートレスの各部から全身から無数の光が放たれた。 この世界の兵器として、最高クラスのものに荷電粒子砲がある。 破壊力に優れ、頑丈な装甲をも貫くそれはまさに力の象徴。竜にもそれを装備しているものが存在する。するのだが。 なんという数。そして破壊力だ。その光は地平線を超え、雲を突き破り、地盤に風穴を開けた。 一瞬にして街を炎に包み、灰燼に帰させる。通常の竜の群れですら、街の完全破壊には至らない。せいぜい廃墟交じりのゴーストタウンに変える程度だ。 こいつは違う。本当に一瞬で全てを破壊してしまった。それも、たった1体で。 もしも住民の避難が完了していなかったら、と思うと3人はぞっとした。 ここで通信が入った。 「こちら王国空軍第16部隊、貴官らを援護する」 同じく発進命令を受けた近くの基地の航空部隊からのものだった。既に目視できる距離に中型爆撃機が編隊を組み飛んでいた。 「了解した。だが目標の火力は絶大だ。気をつけてくれ。」 とエグゼムスが返答した。爆撃に巻き込まれまいと2機は一旦距離を離すことに。事前の作戦では彼らはフォートレスの上空からの支援爆撃を行う手筈であった。 だが突然。 あのフォートレスの首の節が延びた。節の間にはかなりの間隔が空いている。だが見えぬ糸で繋がっているかのようにそれらがバラバラになることはない。 そして。目にも留まらぬ速さで鞭のごとく振り回された。 その速度は音速を遥かに超え、上空の爆撃機を一瞬で粉砕した。あの途轍もなく太く長い巨大さからは信じられないほどの速さである。 マサクゥルとクロガネヒメを狙ったものではなかったためか、その2機は無視された形だ。 首の途中に付いた翼。あれは飛行用のものではなく、おそらくはあの竜の首自体を強力な兵器として活かすためのものなのだろう。 先ほどの荷電粒子砲の一斉射撃のほうが明らかに被害は大きかったのだが、あまりにも非常識なその攻撃には面食らうしかなかった。 大気中で作用するナノマシンといい、本当に常識も何も無い。まさしく魔王と言うべき存在に最も近い竜だろう。 サーベラが驚愕の声を上げた。 「い、一撃で航空部隊が全滅?!」 「くそ!ふざけるな!!あんな攻撃で・・・!」 コクピットの壁を叩きエグゼムスが怒りを表わした。どうにも熱くなり易いのが彼の弱点でもある。古巣である空軍の仲間がやられたというのも手伝っていた。 「先輩・・・!」 こういった時、大抵はルシオが抑える。部隊内部での衝突もルシオが収めることが多く、部隊には無くてはならない存在であった。 「分かってる・・・!」 ここは戦場である。余計な感情の揺れが死を招く、それはエグゼムスにも分かっていた。しかし、この怒りが消えるわけが無い。 彼に出来ることは、何としてでも目の前の敵を倒すことだ。悲しむことでも、後悔することでも、怒ることでもない。 打ち落とし損ねた2つの飛行体をフォートレスは睨んでいた。 再び攻撃準備の熱反応。 おそらく彼らを破壊するまでは攻撃が止む事は無いだろう。 この相手、3人によってあらゆる面で予想以上だった。 これほどまでの相手だったとは―――と。 とにかく本隊が到着するまでの時間は稼がなければならないだろう。 いずれにせよ黙って落とされる気は彼らには無い。 「ルシオ、俺とサーベラで奴をかく乱する。お前はデカいのをぶちかましてやれ!」 「了解」 クォーツ・ジャックはマサクゥル・ジョーカーの足を離し地表へ落下。ルシオは乗機を大地を滑るように走らせた。 空を行く2機はフォートレスの首周辺を高速旋回し攻撃を見舞うことにした。 首はそれに応じ、再び伸びた。 一度でも捕まればタダでは済まない。そして相手の図体は巨大である。重さとは越えられない壁、それは格闘において特に響く。正直分の悪い相手だとエグゼムスは思った。 だが、やらねばならない。 放たれた荷電粒子砲をかわし、クロガネヒメが首の先の顔面部に手持ちのドリルを、マサクゥルは大鎌を竜の顔面へと見舞うが予想外の装甲強度に弾かれてしまった。 どうやらそこだけは非常に硬い材質で出来ていたらしい。2機は体制を立て直し再び猛烈な砲撃をかわしていった。 無数の荷電粒子砲を避ける2機であったが、その熱によって装甲表面には多くの掠り傷が出来る。今の所は塗料を削る程度とはいえ、寿命が縮む思いをさせられた。 一方、フォートレスの首とマサクゥル・クロガネヒメの2機が空中戦を行っていた時、クォーツは大地を走っていた。 算出したフォートレスの攻撃がなるべく届きにくい場所へ移動するためである。その位置へ移動した時ルシオは次の動きを開始した。 クォーツ・ジャックの全身の火器が解放される。各部装甲が開き、さらに展開した脚部アンカーにより固定されジャックは大地と一体になる。 そして、発射。無数の射線がフォートレスを襲う。 フォートレスの頭部に着弾し、初めて悲鳴が上がる。聞いたこともない耳障りで奇怪な音であった。 続けての一斉砲火。フォートレスの各部で爆発し煙が上がった。しかし、その結果はあまり芳しいものではなかった。 フォートレスもエネルギーシールドを張ってはいるが、確実にジャックの砲撃は通っている。だが、対象があまりにも大きすぎた。 現状でもある程度装甲は貫けるようではあるが、あまり効いているようには見えない。もしかしたら1次装甲、人間で言う所の皮膚止まりかもしれなかった。 通常の竜ならば粉微塵になっていたはずの攻撃である。それはやはり、質量の差という単純ながらも大きい壁であった。 3人は目の前の相手が常識を超えた存在であることを今一度思い知らされる。果たして、フォートレスを止められるのか。 砲撃を食らったフォートレスは流石に黙ってはいない。クォーツへと攻撃目標を変え、荷電粒子砲を撃つ。 それを避けるクォーツであったが、反撃を行えるほどの余裕はなかった。あまりにもフォートレスの攻撃が激しかったからである。 再び注意を逸らそうとするマサクゥルとクロガネヒメであったが、フォートレスの首に阻まれる。 先ほどまで同期していた首と胴体の動きが今は完全に非同期となりあたかも別の意思を持っているかのようであった。 かく乱で注意を逸らす手が使えなくなりつつある。この竜、見た目以上に賢いのかもしれないとルシオは機体を走らせつつ考えた。 3機だけでこの敵に立ち向かうのは無謀だったかもしれない。だが、数だけ揃えても現行の兵器ではおそらく太刀打ちなどできそうにないのは明白であった。 どうにも手が足りない。本隊はまだ来ないのか?と誰もが思ったその時。 3機のHMBではない、別の方向からの荷電粒子砲がフォートレスを襲い傷を付けた。この攻撃を3人は知っている。  フォートレスの方向へ悠然と進んでいく青い大型HMB。要塞の名を冠する竜はようやくそれに気づいた。 必死に動き回っている3機と違い、あまりにも遅く歩んでくるそれにフォートレスは戸惑いを覚えた。 まるで。自分を恐れていないかのように。 それが癪だったのか。フォートレスは目標を切り替え、その青いHMBへと自らの最大火力である口部大型荷電粒子砲を放った。 その光条が青いHMBを飲み込む。本来ならば、それで終わりだっただろう。 しかし。 フォートレスが消し去ったはずの青いHMBは未だに健在であった。 もしもその時のフォートレスの感情を人間に置き換えるならば、驚愕であることは想像に難くなかった。 ルシオらの機体へと通信が入る。マグナ隊長からであった。 「待たせた。今から攻撃を開始する。」 それこそは最強の盾。無双の鎧。どんな爪をも通さず。牙をも通さず。灼熱の業火にも屈することはない。 あらゆる兵器への耐性を持つ装甲を持つ現在の王国の最高戦力。グラシカル・エースである。 グラシカルは尚も前進する。フォートレス胴体の多量の荷電粒子砲が直撃するも、全くの無傷である。実際は強力なエネルギーシールドによって阻まれてはいたのだった。 弾かれた荷電粒子砲は地面に無数の穴を開けていった。大地に空いた風穴の数は最早数え切れない。 その最中、グラシカル背部の装備が変形し青く発熱した刃を持つ巨大な大槍となった。その長さは巨大な本体の全高を超える。 余りの長さ・重さゆえに、これを装備するグラシカル・エースですら滅多に使うことのない兵器、ブラスターランス。 しかしながら、目の前のフォートレスにはこれが丁度良いようだ。狙いは、首の根元。 大槍自体に備え付けられたブースターが点火し、グラシカルを推進させた。青い弾丸となってフォートレスに突撃する。その速度は先ほどまでの比ではない。 動きの鈍いフォートレスにそれを避けることは出来なかった。凄まじい衝撃音。人間の比率でいえば丸太のごときその槍で装甲を貫く。傷口から大量の体液が迸った。 グラシカルとフォートレス、両者のエネルギーシールドがぶつかり中和されることでフォートレスはまともにその威力を受けることになる。 おそらく今回の戦いで最大のダメージを与えることが出来たであろう。 よく見るとフォートレスの体液が付着した部分が凍りつきつつある。地面やグラシカルの装甲表面などである。 その体液は液体窒素。これによりフォートレスは内部から冷却されていた。 加えてナノマシンで外部から冷却を行っていたという念の入り。そこまでして冷却しなければならないものをこのフォートレスは持っているということなのだろうか。 グラシカルは噴出する液体窒素には構わず、こじ開けた傷口へと胸部荷電粒子砲を浴びせ掛け、それを広げる。 更に槍で内部の機関を掻き混ぜる。その痛みはこのフォートレスが初めて経験する種類のものだった。またも巨大な機械音が響き渡った。 更にフォートレスの首の注意を引き付けていたマサクゥル・クロガネヒメも傷口を広げる作業に参加する。 グラシカルは槍で、マサクゥルは大鎌で、クロガネヒメは赤熱化したドリルでフォートレスの装甲を切り開く。 既に円柱状の首根元装甲の半周にまで傷口は広がった。 そこでマグナの合図が。傷口をクォーツジャック・ブレイズクィーンの火砲が、遠距離で待機していた量産型HMBポーン・チェイサーの砲撃が襲う。 ナノマシンの影響によりポーンの機能を麻痺させることは今の所無かった。事前の対策が功を奏したのである。 今回の作戦で装備されたポーン・チェイサーの武器は現行のものではあるが、数が揃っている以上は無視できない威力になる。 砲撃は止まない。とうとう傷口の反対箇所にまで炎が噴出した。 そして、フォートレスの首が遂に千切れる。 轟音を立ててその長大な塔は崩れ去った。有効な打撃を与えられたと部隊はざわめきたった。しかし、彼らは重要なことを見損なっていた。 首が千切れた箇所は先ほどまで攻撃していた傷口の所ではなく、その一つ上の節の所である。 攻撃した箇所が千切れたわけではなかった。そう。フォートレスは自らの意思で首を切り離したのだ。 トカゲという生物は尻尾を自ら切り落とすことで本体はまんまと逃げおおせる習性を持つ。 それに類似した行動なのだろう。そもそも、首と呼んでいたあの部位、フォートレスの首が本当に首だったかどうかさえ分からない。 実は尻尾なのかもしれないし、別の部位かもしれない。繰り返すがフォートレスの竜に常識など通じない。 だが、フォートレスの首はトカゲの尻尾のごとく跳ね回ったりなどはしなかった。地面に落下したっきり、一切の行動を示さない。 その時、ユイランから通信が入った。内容は、驚くべきものである。 「フォートレスの頭部に存在するコアジェネレータが異常な発熱を示しており、このままでは10分以内に大爆発を起こしてしまいます!早く離脱を!」 先ほどまでは鞭や砲台などとして使われていた首、今度は爆弾になるようである。なんという器用な竜だとマグナは感心した。 予想被害範囲は半径数十キロ。街を完全に消滅させて尚有り余る被害範囲。もっとも、既に街は壊滅しきっていたが。 一方、首を切り離した八角形の本体。8本の足が突如高速回転し始める。土を掻き分け、フォートレスの巨体が地面へゆっくりと沈んでいった。 逃げるつもりなのは明白であった。だが、フォートレスの首という新たな脅威がある以上は構っていられない。 マグナは追いかけ戦おうかとも思ったが、万が一にもグラシカルが失われる事態は避けなければならなかった。 フォートレスはこの1体だけではないのだ。それ以外にも脅威となる竜はいくらでも存在する。後先考えずに行動することでいくつの命が失われるか知れない。あきらめ部隊に避難を指示する。 まずクォーツに再び脚部を掴ませたマサクゥルとクロガネヒメが高速で離脱した。 だが、ポーン部隊の離脱が間に合わない。どうするかと辺りを見渡して見えたのは先ほどの戦いでフォートレスが大地に穿った穴である。 それ自体がかなりの大きさ・深さであり、ポーン・チェイサーが何機でもその中へ隠れるには十分そうである。 この穴なら塹壕代わりとして使うことができそうであった。全機をその中へ避難させるようマグナは命令し、更にグラシカルにその入り口で広域エネルギーシールドを張らせた。これで爆発には備えられるはずである。 こうしている間、フォートレス本体は徐々に地面へと埋まってゆき、完全に姿を消してしまった。 そして予想時間通り、フォートレス首内部コアジェネレーターは臨界を迎え、大爆発を起こした。 爆風と熱が街の名残であった瓦礫などの残骸をすっかり消し去ってしまった。もう、カドコ市はどこにも無い。 その後穴に避難した部隊の無事が確認され、この戦いは幕を閉じることになった―――。  最早そこには何も残ってはいなかった。グラシカルらの部隊機が続々と穴より脱出する。 フォートレスの姿はもうどこにも見えない。出現時に出来た竜穴もすっかり先ほどの爆発で消し飛んだようだった。 マグナにはあることが引っかかっていた。自らの一部を捨てるほどのフォートレスの引き際の良さである。 ただでさえ巨大な図体である。あの状況で引くには確かにああするしか無かっただろう。 あの怪物にそんな知性があるようには見えなかったが、この時に思いついた考えをマグナは打ち消すことが出来なかった。 あのフォートレス、戦っている最中に知性を得たのではないか。ユイランに記録させていたデータを取り寄せ、マグナは考えることにした。 あれは、少なくともカルニゲルを壊滅させた時点では明らかに目に付いた物体を破壊するだけの怪物に過ぎなかったのは間違いなさそうだった。 しかし、今回、初めて倒すのが困難な敵と相対したことが、奴を成長させたのではないのかと。 困難は時として人を成長させる。もしかしたら、フォートレスも同じなのかもしれない。 奴らはフォートレス。人の常識など一切通じない。 そうであれば、戦いはこれから先ますます厳しくなるだろうと―――。 かってのような世界は二度と戻ることは無いだろう。そして遥か昔人間が生み出してしまったこの敵との戦いは永久に終わらないのかもしれない。 それでもいい。いずれにせよ、答えは簡単である。 最後の最後まで戦い続けるしかないのだ。それしか今の彼らに出来ることは無いのだから。 究極の戦闘生物・竜。彼らとの戦いの終わりは未だに見えない。